【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ

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東卍幹部の集会場に突然現れたのは、今や東卍の総長代理となった稀咲だった。
武道は他の幹部たちよりも少し遅れて、稀咲へ頭を下げた。
12年経って、どれ程凶悪な男になっているのか。
武道の頬を、収まらない冷や汗が伝っていく。

「そんな畏まるなよ、みんな!」

けれど稀咲は、人の良さそうな笑顔を浮かべながらそう言った。
予想外の反応に、武道は思わず呆気に取られた。
12年前の稀咲と比べたら、まるで別人のようだったから。

「幹部会に顔出すなんて珍しいですね、稀咲さん」
「ちょっと野暮用でな」

半間に声をかけられた稀咲はそう答えると、スッと武道へ視線をやった。
武道の心臓が、小さく跳ねる。

「え?」
「タケミチ、千冬。ちょっと時間をくれないか?」
「あ、はい……」

武道は徐に立ち上がりながら、稀咲の問いかけに答えていた。
それから稀咲に連れられて武道と松野がやって来たのは、高級感溢れるバーのような店だった。

「いいトコだろ?最近作った店なんだ」
「へーすげぇ」

武道は周りをキョロキョロと見回しながら、稀咲の後を着いていく。

「まぁ座れよ」
「あ…ハイ」
「時間作ってもらって悪ぃな。お前も座れよ千冬」
「……いえ、自分はそういう身分じゃないんで」
「ハハ、相変わらず固ぇな」

稀咲はそう言って、また人の良さそうな笑顔で笑っていた。
武道は思わず、ゴクリと唾を飲み込んだ。
稀咲は今や、東卍最重要人物の一人にして、総長代理を務めている。
警察が総力を挙げて捜索しても、尻尾さえ掴めていない。
そんな男と、今目の前にいる男が同一人物だとは、武道は思えなかった。

「俺らも随分、長い付き合いになったよな」
「え……はぁ……」

そんな脈略のない話題を急に振られ、武道は返答に困ってしまった。
けれど稀咲は気にせず、話を続ける。

「東卍に入って12年……今でもあの時の仲間たちでこうやってつるんでられるなんて思ってもみなかった」

思ってもみない稀咲の言葉に、武道は思わず目を見開いて目の前に座る男を見つめた。

「意外な事、言ってるか?」
「あ……いやっ」
「タケミチ…千冬…俺の事、どう思ってる?」

武道の口からも、そして松野の口からも、困惑の声が漏れた。

「恨んでるだろ?ちょうど12年前のこれぐらいの季節だったな、場地が死んだのは……。あれは全部、俺のせいだ」

稀咲は突然、武道と松野にそう告白した。
武道も松野も、思わず息を呑んだ。

「血のハロウィンは、俺が仕組んだ」

そんな事は、とっくの昔に知っている。
だが何故、今になってこんな事を言い出すのか、武道にはさっぱり分からなかった。

「半間を使い、羽宮一虎を丸め込み、芭流覇羅という組織を作った。そして東卍に芭流覇羅をぶつけた」

それまで黙って話を聞いていた松野が、その口を開いた。

「…………なんの為に、そんな事を?」
「……力が欲しかったんだ。賞賛される功績が欲しかった。俺がこの抗争を収めれば、大半が俺にひれ伏す。……必死だった。場地が死ぬとは、思わなかった……」

稀咲のその言葉に、松野は大きく目を見開きながら稀咲を見ていた。

「本当だ、千冬」

稀咲は立ち上がると、松野に向かって深々と頭を下げた。

「すまなかった。ずっとこうして謝りたかった。12年経って分かったんだ。大切なのは、仲間だ」
「……あの時の事、後悔してるんですか?」

武道がそう問いかけると、稀咲は悲しそうに笑いながら言った。

「忘れる日は、なかったよ」

武道はただ真っ直ぐ、稀咲を見つめていた。

「この先も俺を恨め。でも、今日だけは一杯付き合えよ」
「……はい」

武道と松野は、自分の目の前に置かれたグラスをそれぞれ手に取った。

「この乾杯を、場地に……」

武道にとって、これはまさかの展開だった。
現代の稀咲が改心しているなんて、思いもしなかったから。

「ビールないっスかね?」

武道の何気ない一言に、稀咲と松野が笑いを溢す。
こんな風に稀咲と笑いながら酒を酌み交わす日が来るなんて、少し前の武道が知ったらさぞかし驚く事だろう。
もしかしたらこの未来は、今までにない程にいい未来なのではないかと、武道は思った。
まるで稀咲と武道たちの間にある深い溝を埋めるように、三人は楽しそうに話をしながら酒を飲み干した。

「はぁ」

満足気に息をつきながら、稀咲は空になったグラスをテーブルの上へ置いた。

「久しぶりに楽しかったよ」
「…ウッス」
「……最後に一ついいか?」
「……え?」

武道は不思議そうな表情を浮かべながら、そう声を漏らした。

「さっき、場地が死ぬとは思わなかったって言ったけどよ」

稀咲はいつもよりも少し低い声で、そう話し始めた。
武道は何も言わずに、稀咲の次の言葉を待つ。

「あれ、嘘だ」

予想もしなかった稀咲の言葉に、武道は思わずえ!?と声を上げる。
そんな武道にニヤリと怪しい笑みを向けながら、稀咲は言った。

「俺が一虎を使って、場地を殺した。そして、今からその続きを始める」

その時、武道の身体に異変が起きた。
頭がくらっとしたかと思うと、次に視界がぐにゃりと歪んで立っていられなくなる。
武道の身体が崩れるように地面へ転がると、武道はそのまま意識を手放した。


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