【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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その日はよく晴れた、心地の良い日だった。
学校での授業を終えた志織は、万次郎と共に渋谷の街へ繰り出し、放課後の時間を楽しんでいた。
学校を出る前は眠たそうに欠伸を繰り返していた万次郎も、志織とデートとなればすっかり元気を取り戻していた。
二人はゲームセンターに入り、他愛のない話をしながら手を繋いで店内を歩く。
「あ、これ可愛いー!」
すると志織が、あるクレーンゲームの前で立ち止まった。
万次郎がそのクレーンゲームに目をやると、中にはくまやうさぎや犬のぬいぐるみが転がっていた。
「欲しいの?」
「欲しい!」
「よし、じゃあ俺が取ってあげる」
「ほんと!?」
「うん、どれがいいの?」
「えーっとねぇ……うさぎ!」
「りょーかい!」
万次郎は投入口に100円玉を入れると、ぺろりと舌で唇を舐め、クレーンを操作し始めた。
万次郎はうさぎのぬいぐるみに狙いを定め、クレーンの位置を調整していく。
真剣な万次郎の表情に志織の視線は奪われていたが、気付けばクレーンはうさぎのぬいぐるみに向かって下降しているところだった。
クレーンは下降しきると、志織の目当てであるうさぎのぬいぐるみをしっかりと掴み、ゆっくりと上昇し始める。
「よし、そのまま落ちんなよー」
万次郎はもう一度、舌で唇をぺろりと舐めた。
その横顔がやけにかっこよく見えて、志織は胸を高鳴らせていた。
一方、クレーンに掴まれたうさぎのぬいぐるみは、順調にゴールまでの道を辿っていた。
そしてそのまま、取り出し口へポトリと落ちていく。
「よし!」
「え!?すごい一発!?」
「ほら、志織」
万次郎はうさぎのぬいぐるみを取り出し口から取り出すと、そのまま志織に手渡す。
志織はうさぎのぬいぐるみを受け取ると、大切そうにその腕に抱き締めた。
「ありがとう万次郎!大切にする!」
「うん」
志織の笑顔につられたように、万次郎もその口元を綻ばせていた。
するとそこへ、聞き覚えのある声が二人を呼んだ。
声のする方を見ると、そこには武道と日向がいた。
「ヒナちゃんとタケミっちだ!」
「お久しぶりです」
「おー。タケミっちたちもデート?」
「はい、そんな感じです」
「私たち、これから下のクレープ食べに行くんですけど、良かったら一緒にどうですか?」
日向のこの誘いに、甘いものが好きな万次郎と志織はすぐに乗った。
4人で雑談をしながら、目当てのクレープ屋へ向かっていく。
目的地に着くとそれぞれ注文を済ませ、4人がけの席へと座った。
甘い匂いに誘われぱくりとかぶりつくと、何とも言えない幸福感に包まれ、笑みが零れる。
「志織は何にしたの?」
「バナナ生クリームカスタード!」
「美味そう!一口ちょーだい?」
ねだる万次郎に志織がクレープを差し出すと、万次郎はぱくりとクレープにかぶりついた。
「美味い!俺のも食う?」
「万次郎の何?」
「イチゴバナナチョコ生クリーム!」
「名前なが。食べる」
今度は志織が、万次郎のクレープにぱくりとかぶりついた。
そんな二人のやり取りを間近で見て、武道と日向は顔が赤くなるのを抑えられなかった。
万次郎と志織の仲の良さは知っていたが、実際目の当たりにするのは全然違う。
まだ付き合い始めて間もない武道と日向には、目の前の光景はかなり刺激的だった。
何とも言えない異様な雰囲気の中クレープを食べ終え、4人は再び雑談に花を咲かせていた。
「あれ?志織さんて、ピアス開いてましたっけ?」
ふと志織のピアスに気付いた日向が、そう問いかける。
「この間、万次郎に開けて貰ったの」
「そうなんですか!て事はまだファーストピアスですか?」
「そうなの。まだあんまりピアス持ってないから、何か欲しいなーって思ってるんだよね」
「え、じゃああの角のお店安くてオススメですよ。一緒に見に行きます?」
「え、いいの?」
「はい!」
トントン拍子で話が進み、志織と日向は足早に目当てのアクセサリーショップへと向かっていった。
待っててと言われた万次郎と武道は二人を送り出し、楽しそうにアクセサリーを物色する恋人たちを盗み見ていた。
「マイキーくんたちも、学校帰りですか?」
「うん、そーだよ」
「そうなんスね。学校でも家でも一緒なんて、ほんと仲良いスよね」
「そう?」
「そうですよ!」
武道がそう言うと、万次郎は一つ笑みを溢した。
万次郎のその表情に照れ臭さを感じた武道は、思わず口をつぐむ。
すると、束の間の沈黙が訪れた。
その沈黙を破ったのは、万次郎だった。
「……血のハロウィンでさ」
「え?」
「血のハロウィンで、志織にあんなところ見せちゃったから、怖がらせて嫌われたかなって思った」
武道の脳裏に、羽宮を何度も殴り付ける万次郎が浮かぶ。
何と答えたら良いか分からなくて、武道ははいと短く返事をした。
「でも志織は、怖くなかったって言ったら嘘になるけど、でもどんな事があっても大好きって、言ってくれた」
「そう、なんですか」
「今年の俺の誕生日の時もさ、どんな事があっても大好きって、同じ事言ってくれてた。でもあんな事があって、俺志織に嫌われてもおかしくなかったよなって」
「……」
「あんな事があってもなくても、志織は変わらずずっとそう思ってくれてるんだって分かったらさ、なんていうか、絶対志織の事幸せにしたいって思った」
「マイキーくん……」
「ずっと、志織の傍にいてえ」
そう言って志織を見つめる万次郎の表情に、武道はぎゅっと心臓を掴まれたようだった。
「マイキーくんと志織さんなら大丈夫っすよ。きっといつまで経っても、二人一緒に……」
そこまで言って、武道はある違和感を覚えた。
武道が知る現代では、万次郎は巨悪化した東卍の総長だ。
「タケミっち?」
「……あ、いや。二人ならずっと一緒ですよ。二人が一緒にいないなんてあり得ねぇっていうか……」
「うん、サンキュ」
武道はそう答えたが、胸のざわつきがどうしても収まらなかった。
震える手を抑え、冷や汗を拭いながら、平静を装うのが精一杯だった。
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