【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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実家に荷物を取りに帰っていた志織が佐野家へ戻ってくると、万次郎は志織にべったりとくっついて離れなかった。
エマと共に夕食の準備を始めても、出来上がった夕食を食べている時も、万次郎はいつも以上に志織にべったりだった。
「ねえマイキー、流石に暑苦しいんだけど。少しは志織ちゃん離してあげなよ」
「やだ。ねえ志織、次コロッケ食べたい」
「はいはい、ちょっと待ってね」
志織は食卓に並んでいたコロッケを一つ取ると、箸で食べやすい大きさに切り分け、万次郎の口へ運んでいく。
万次郎はそれをぱくりと口に入れ、もぐもぐと咀嚼した。
「自分で食べなよマイキー。志織ちゃん、ご飯食べられないじゃん」
「えー」
「大丈夫だよエマ。ちゃんと食べてるから」
「出た出た……志織ちゃんも大概重症だよね」
「そう?でも確かに、今日の万次郎はいつもよりちょっと甘えん坊かなって思うけど」
「ちょっとなんだ……」
エマは呆れた表情を浮かべながら、きゅうりの浅漬けを一つ箸で摘まみ、口へ運んだ。
「どうしたの?万次郎。今日何かあった?」
「別に」
「あ、もしかしてヒナたちに二股かけてるって勘違いされたから拗ねてんの?」
「え、二股?」
志織はグラスに注がれたお茶を飲みながら、エマに聞き返した。
「て言っても、完全な勘違いだから心配しないで。ヒナたち、ウチがマイキーと兄妹って忘れてたみたいでさ」
「あ、それで私とエマに二股かけてるって話になったの?」
「そうそう」
エマの話を聞いて、志織は笑っていた。
「志織、俺絶対そんな事してないし、これからもしないから」
「うん、大丈夫だよ。万次郎の事信じてる」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
志織はそう答えながら、密着する万次郎の髪を優しく撫でた。
万次郎は志織に撫でられると、気持ち良さそうに目を閉じ、志織に擦り寄った。
「あ、そうだ」
「ん?」
「万次郎に、お願いがあるんだけど」
万次郎は不思議そうな顔をしながら、志織の顔をじっと見た。
▼
夕食を食べ、片付けを終えた志織と万次郎は、万次郎の部屋に戻ってきた。
そして以前購入していたピアッサーを、志織は万次郎に手渡した。
「ほんとに開けるの?」
「うん。寒くなってきたから、時期的には丁度いいでしょ?」
「そうだけど……」
万次郎は志織に手渡されたピアッサーを眺めながら、そう呟いた。
今時ピアスを開けている人なんて珍しくないが、志織の身体に傷を付けると思うと、何となく尻込みしてしまうのが正直な心境だった。
とはいえピアッサーを購入した時に一度、自分が開けると志織に約束をしていた手前、今更嫌だとは言いにくいが。
「万次郎が嫌じゃなかったら、万次郎に開けてほしい」
志織は保冷剤で耳たぶを冷やしながら、良い?と万次郎に問いかけた。
万次郎は一瞬迷ったが、着々と準備を進めている志織を見て、万次郎は分かったと了承した。
「ほんと!?ありがとう!」
「だって俺が開けなかったら、他の奴に頼まれるのやだし」
「万次郎、ヤキモチ妬いてくれてるの?」
「だって、志織の彼氏は俺だし」
そう言って唇を尖らせる万次郎に、志織は思わず愛しい気持ちが込み上げてくるのを感じた。
「万次郎はなんでそんなに、私の事好きでいてくれるの?」
それは、志織の口から思わず零れ落ちた疑問だった。
万次郎と出会って10年以上経つが、いつまでも大切に想ってくれる事が嬉しくもあり、同時に不思議でもあった。
万次郎は頬をほんのり赤く染めながら、少し辿々しい口調で答えた。
「そんなの、俺が志織じゃなきゃダメだから……」
志織以外考えられないのだと言う万次郎に、志織は心臓をぎゅっと掴まれたような思いだった。
「万次郎……!」
「だから、俺が二股かけるとか、絶対あり得ねー!」
先程までの感動的なムードは、どこへやら。
万次郎はぷくっと頬を膨らませ、そう言った。
突然の事に志織は一瞬きょとんとしていたが、じわじわと込み上げてくる笑いを堪える事が出来なかった。
「まっ……万次郎、もしかして根に持ってる?」
「何が?」
「ヒナちゃんたちに、二股疑惑かけられた事」
「だって俺が二股とか、あり得ねーじゃん!」
万次郎は頬をこれでもかという程膨らませ、プリプリと怒っていた。
「万次郎はそんな事しないって、ちゃんと信じてるから大丈夫。あ、そろそろピアッサー開けといて」
「そうだけど……」
万次郎はそう言いながら、手に持っていたピアッサーの封を開ける。
「開けた?」
「うん」
「そしたらここ、印ついてるところに合わせてね」
「分かった」
志織に言われた通り、万次郎はピアッサーの針を印に合わせた。
「……行くよ?」
「はーい」
「……ほんとに行くよ?」
「分かったって~」
鈴を転がしたように、志織が笑う。
万次郎はもう一度行くよ?と声をかけると、ピアッサーのレバーを押した。
志織の耳元で、ガシャンという音が響く。
そしてもう片方の耳も同じく、ガシャンという音と共に志織の耳たぶにはピアスが装着された。
「大丈夫?痛くない?」
「うん、大丈夫!ありがとう万次郎!」
志織は嬉しそうな笑顔を見せて、万次郎に礼を言った。
志織のその表情を見て、万次郎は安心したように息をついた。
「はぁ…よかった……」
「万次郎、緊張してたの?」
「そりゃしない方がおかしくね?俺のヨメなんだし」
「あ……そっか。そうだよね」
そんな返事をした志織を、万次郎は不思議そうに見ていた。
けれど志織はなんだか、とても清々しい表情を浮かべていた。
出会ってからずっと、万次郎が大切に想ってくれていた事を改めて実感して、まるで何かがストンと腹に落ちたようだった。
志織は万次郎に身体を寄せると、弾んだ声で言った。
「やっぱり万次郎が二股とか、絶対あり得ないね。だって万次郎、私の事すごく大切にしてくれてるもんね」
「ん?何急に」
いまいち噛み合わない会話をする志織に万次郎は首を傾げていたが、嬉しそうにしているその様子を見て、万次郎も口元を緩ませていた。
「耳の消毒も、毎日俺がやってあげる!」
「えー、じゃあお願いしようかな?」
その翌日から、万次郎は毎日かかさずに、志織の耳の消毒を行うようになった。
万次郎が志織に触れる時の優しい手付きに、志織は万次郎からの愛を密かに感じていた。
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