【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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それは龍宮寺の家に行った、帰り道の事だ。
武道は龍宮寺の部屋に飾ってあった、エマの写真の事を思い出していた。
「なんだかんだドラケンくんも、エマちゃんの事好きなんだ」
エマの気持ちを知っていた武道は、龍宮寺の気持ちを知り、ニコニコと笑顔を浮かべながら歩いていた。
「頑張れエマちゃん!一途に想い続けてればきっと叶うぞ!お似合いのカップルだよなぁ。…ん?」
そんな武道の前を、ある人物が横切るように通って行った。
「あれ?エマちゃん……!?」
武道はおーい!と声をかけながら、エマの背中を追っていく。
「待ってよ、今さー」
けれど角を曲がった武道が見たものは、思わず目を見張ってしまうような光景だった。
「え!?」
武道が見たもの、それは甘い言葉を囁きながら万次郎に抱き付く、エマの姿だった。
「大好きマイキー。ぎゅってして?」
あまりの衝撃に武道は叫び出してしまいそうだったが、なんとかそれを堪え二人を見守る。
けれど武道の脳内は完全に混乱していて、二股やら浮気やらよくない単語に埋め尽くされていた。
そもそも万次郎には志織という恋人がいるし、エマにだって龍宮寺という想い人がいる。
にも関わらず、こんな近場で二股というか浮気というか、とにかくそんな事が起きている事に武道は心底動揺していた。
万が一にも、こんな場面を龍宮寺や志織が見てしまったらと、そう考えるだけで恐ろしい。
『テメー、エマに何してくれちゃってんの?』
『は?俺のエマだし!』
『万次郎、それどういう意味?エマも納得出来るようにちゃんと説明して?』
『もうマイキーは私のだから。志織ちゃんは黙ってて』
『テメーの女泣かすような奴にエマはやれねえ。今日からテメーは俺の敵だコラ』
『上等だぁ殺し合いだコラ』
武道の脳内で、想像だけが膨らんでいく。
今度こそ東卍最終戦争が勃発してしまうと、武道は目に涙を溜めながらガクガクと震えていた。
「ハルマゲドンや!」
「うむっこれは大事件の匂いがしますね。ワトソンくん!」
「え?」
突然隣から聞こえてきた声に驚いて横を見ると、何故かベレー帽を被った日向がそこにいた。
「最近連絡ないなーって思ったらこんな事してんだ?武道くん」
「どーもー」
そして、日向の影からひょっこりと顔を覗かせたのは、直人だった。
「ヒ、ヒナ!?とナオト!?」
「姉ちゃんと買い物してたら見かけて……」
「とにかく!ドラケンくん命のエマちゃんと、志織さん命のマイキーくんがあんな事するなんてあり得ない!」
日向が興奮気味に話すその間にも、万次郎とエマは腕を組みながらどこかへ向かって歩いていく。
続けて日向は、武道にずいっと顔を近付けて言った。
「何か裏があるに決まってる!そーでしょ?タケミチくん!」
「う……うん」
「この謎は私が解いてみせる!ジッチャンの名にかけて!」
もはや探偵のキャラ設定もブレブレではあるが、いつになくノリ気な日向を、武道は目を丸くして見つめていた。
すると武道の戸惑いを感じたのか、一緒にいた直人がさりげなく武道に、日向のマイブームを伝えた。
「付き合ってあげて下さい、タケミチくん」
「え?」
「姉ちゃん今探偵にハマりまくってて。ごちゃ混ぜで」
「みんな早く!後つけないとだよ!」
そう急かす日向に言われるがまま、武道と直人も共に万次郎たちの尾行を開始した。
万次郎たちが訪れたのは、若者に人気のお洒落なカフェ。
二人はテラス席に座って、生クリームがたっぷり乗ったパンケーキに舌鼓を打っていた。
「はい、あーん」
「ん、うまい」
「へへへー、でしょ!?」
そんな様子を、3人は物陰に隠れながらじっと見つめていた。
すると突然、日向がはっと息を呑んだ。
そして、謎解きをする時の探偵の目付きで、日向はこう言った。
「……見たまえワトソンくん!エマちゃんのあの目……」
「目?」
「あれは絶対恋してる目!女の勘よ!」
「なるほど!すげー説得力だ!」
そう言って武道は、エマの目……ではなく胸元をじっと見つめていた。
「確かに恋してる目だ」
けれど、日向にはどこを見ているのかバレバレだったようで、武道は右頬に鋭い拳を食らってしまった。
「フケツ!どこ見てるのよ!」
「出た……姉ちゃんの探偵パンチだ」
「あれ!?タケミチじゃん!」
続けて現れたのは、溝中五人衆の一人である山岸だった。
武道は山岸に、今起きている事を全て話した。
「へー、それは大事件だな!」
「だろ!だから真相を確かめる為に後をつけてたんだけど……」
「決定的な証拠は掴めてない!」
それを聞くと山岸は、神妙な面持ちで語り始めた。
「エマという女の噂は聞いた事がある……」
「え!?ほんとかよ山岸!」
「ああ。その女…マイキーくんの家から二人仲良く出てきたとの噂だ……しかも、お泊まりからの翌朝だ」
「え、ちょっと待って?志織さんて今マイキーくんの家に住んでるんだよね?て事は……」
武道と山岸の話を聞いて全てに気付いた日向は、犯人を追い詰める探偵のような目付きでビシッと指をさし、辿り着いた真実を口にした。
「非常に残念ですが、謎は全て解けてしまいました。これはもう、完全なるW二股です!」
「そんな!?」
「一緒に来て、タケミチくん!」
「へ?」
「あと必要なのは、本人たちの自供よ!」
思い立ったが吉日とばかりに、日向は直ぐ様行動に移した。
けれど武道は慌てふためきながら、日向を止めた。
「え?え?乗り込む気?それは良くないんじゃないかなぁー?やめよーよヒナ!相手はマイキーくんだよ!?」
「だって、ドラケンくんと志織ちゃんが可哀想!」
もう誰にも、日向は止められなかった。
それどころか武道も、日向の言葉に納得してしまっていた。
そして、最悪な展開が訪れる。
鋭い目をした龍宮寺が、こちらへ近付いてきていた。
「誰が可哀想だって?」
そうこうしているうちに、日向は遂に調査対象者の前に姿を現していた。
万次郎たちが座るテーブルに、バン!と手を付く。
「ん?」
「え?ヒナ?」
「二人は最低です!」
「エマと…マイキー?」
「違うんですよドラケンくん!」
武道は龍宮寺に誤解をさせまいと、声を荒げた。
けれど時既に遅し。
龍宮寺の目には二人がデートをしている姿が、バッチリと映ってしまった。
「ん!?」
「ドラケン!?」
「え!?」
これには日向も驚いて、バッと振り返った。
誰もが、終わったと思った。
黙り込む龍宮寺、気まずそうに視線を逸らす万次郎、目を見開いたまま固まるエマ。
3人の反応からも日向の推理が間違っていない事が、容易に想像出来た。
けれど、そんな重々しい空気を一瞬にして壊したのは、龍宮寺だった。
「プ!お前妹の誕生日付き合ってんの?マイキー!」
「うっせーな」
武道と日向、そして山岸は、龍宮寺のこの言葉に呆気に取られていた。
「妹?」
「あれ?知らなかったっけタケミっち。マイキーとエマは腹違いの兄弟なんだ」
少し間を置いて、3人の絶叫が響き渡った。
言われてみれば、万次郎とエマはどことなく似ている気がすると武道は思った。
「あれー?ヒナには言ったけどなー」
「え!?名探偵さん?それと山岸くん?」
日向と山岸は何とか誤魔化そうと、必死に話を逸らしていた。
「見て見て、このパフェ美味しそー」
「わー」
「姉ちゃん、忘れてたな」
直人は呆れた声で、そう言った。
そして万次郎もまた、少々不機嫌そうな表情で口を開く。
「俺が二股なんてするかよ、志織がいんのに」
「マイキーの志織ちゃん愛、相当ヤバイからねー」
「二人の邪魔しようなんて奴がいたら、逆に見てみてぇよな」
エマと龍宮寺は、楽しそうに話していた。
それを聞いて武道も、これまで見てきた万次郎と志織の絆の強さを思い浮かべて、龍宮寺たちの言葉に賛同した。
「確かに、マイキーくんと志織さんが別れるなんて、地球がひっくり返ってもあり得ないかも……」
「だろ?そういやマイキー、今日志織は?」
「実家に行ってる。寒くなってきたから荷物取りに行くんだって」
「へー」
「なんかその言い方、本物の夫婦みたいだよね」
「本当に仲良いですよね、マイキーくんと志織さんて」
武道がそう言うと、万次郎は照れ臭そうな表情を浮かべていった。
けれどそれは一瞬で、あっという間に慈愛に満ちたような微笑みに変わる。
「あ、マイキー今、志織ちゃんの事考えたでしょー?」
「う、うっせーなエマ!そういやケンチン、こんなとこで何してんだよ?」
「ん?ああ、エマにこれ渡しに来たんだよ」
龍宮寺は手に持っていたぬいぐるみを、そっとエマの頭の上に乗せた。
「え?」
「誕生日おめでと」
「あっそれ、この前ゲーセンで欲しがってたヤツじゃん」
エマは頭の上に乗せられたぬいぐるみを手に取り、頬を赤く染めながらじっと見つめた。
「用済んだし、帰るわ」
そう言って去っていく龍宮寺の背中に、武道と山岸と直人は思わず感嘆の声を上げた。
「よかったね!エマちゃん」
「へへっ」
エマは嬉しそうな笑顔で、龍宮寺から貰ったぬいぐるみを、大切そうに抱き締めた。
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