【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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血のハロウィンから2週間が経ったこの日、武道と龍宮寺は羽宮がいる鑑別所を訪れていた。
「懲役10年は覚悟しろって言われたよ。短いくらいだよな……」
羽宮は視線を落としたまま、今にも消え入りそうな声でそう言った。
羽宮のその様子を見た武道には、羽宮が今まで犯してきた罪の重さを、自分自身でしっかりと認識しているように感じられた。
「もう逃げねぇ。向き合わないといけない。あいつがそう教えてくれた。……だから、今度こそちゃんと更正するつもりだ」
武道はただ、羽宮が紡ぐ言葉を黙って聞いていた。
けれど龍宮寺は、そう語る羽宮の様子からある事を悟ったようだった。
龍宮寺は真っ直ぐに羽宮を見つめながら、閉ざしていた口を開いた。
「……死ぬなよ、一虎」
「え?」
龍宮寺の一言に、羽宮の心臓がドクンと音を立てる。
羽宮の口からは、なんで……という声が思わず漏れた。
「テメェの考えてる事なんて、分かってんだよ。自殺して詫びようなんて許さねぇかんな」
龍宮寺に自分の考えている事を見抜かれ、羽宮は思わず俯いた。
羽宮は、本当に自殺するつもりだった。
これまで自分が犯してきた罪を償う方法が、他に思い付かなかったから。
「……でも……他にどうしたらいいか…分かんねぇんだよ」
そんな羽宮に、龍宮寺は静かな声で言った。
「マイキーからの、伝言だ」
それを聞いた途端、羽宮は弾かれたように俯いていた顔を上げた。
「え?」
羽宮の瞳は、小さく揺れていた。
ゆらゆらと揺れながらも、龍宮寺を真っ直ぐと見つめている。
龍宮寺の隣に座っていた武道も思わず息を呑んで、次に続く龍宮寺の言葉を待った。
「"これからもお前は、東卍の一員だ"」
万次郎からの思わぬ伝言に、羽宮の目が大きく見開かれた。
その瞳が、涙でどんどんと濡れていく。
「"お前を許す"」
そして羽宮は唇を震わせながら、嗚咽を押し殺して泣いていた。
万次郎は、羽宮を許す選択をしたのだ。
大切な親友が眠る場所で、万次郎は手を合わせながらその事を報告した。
真一郎にもう会えない悲しみや、場地がいない悲しみが癒える事は、この先も永遠にないのかもしれない。
けれど万次郎は許す選択をした事で、羽宮を恨み続ける日々からやっと、解放される事が出来たのだ。
「これでいいよな、場地……」
▼
鑑別所を後にした武道と龍宮寺は、他愛のない話をしながら帰路へ着いていた。
冷たい風が、頬を撫でるように通り過ぎていく。
龍宮寺は思わず、腕を擦りながら言った。
「冷えるな」
「もう冬ですね」
「そうだ!お前にもマイキーから伝言を預かってるんだ。タケミっち」
「え?マイキーくんから?」
驚いた表情を見せる武道に、龍宮寺はああと返事をする。
「"次の集会はお前に大事な話があるから、絶対ェ顔出せ"ってよ」
万次郎が言う大事な話とは、一体何の事だろう。
武道は内心、怖かった。
血のハロウィンでは、武道は結局何も出来なかった。
場地は亡くなり、羽宮は逮捕。
けれど万次郎が羽宮を殺す事だけは、阻止する事が出来た。
その事が、稀咲に東卍を乗っ取られる未来を阻止する事に繋がっていてくれれば良いと、武道は思った。
いずれにしても、万次郎が武道に大事な話があるという次の集会で、全てがハッキリするだろう。
「……ん?渋谷?」
考え事をしながら龍宮寺に着いて来ていた武道は、いつの間にか渋谷で電車を降りていた事に気付いた。
「どこ行くんスか?」
「俺ん家」
「え!?ドラケンくんの家に行くんスか!?」
「おう、すぐそこだから寄ってけよ」
「すぐそこって……ここ渋谷のど真ん中っスよ?」
戸惑いながらも龍宮寺の後を着いていくと、龍宮寺はあるビルの前に立ち止まった。
「ここ」
「え!?ここがドラケンくん家!?」
「うっせーなぁいちいち」
「いーなー!」
「どこが?」
「シティーボーイじゃないっスか!」
「ゴミゴミしてるだけだよ」
武道ははしゃぎながら、龍宮寺の後に続いてエレベーターへ乗り込んだ。
「4階押して!」
「うっす!」
エレベーターが昇っていき、4階で停止する。
龍宮寺が自分を家に呼んでくれた事に、武道は浮き足立っていた。
けれどエレベーターの扉が開いた瞬間、その目に映った光景に武道は動揺を隠せなかった。
「いらっしゃいませー」
そこは明らかに、未成年が立ち入ってはいけない場所だった。
「え?あ……すいません間違えまし」
「ただいまー」
「え!?」
「んだよ、お前かよ」
「帰宅早ぇーな、ケン坊」
事態を飲み込めずに呆然とする武道を尻目に、龍宮寺は店の中へと入っていく。
「コイツと話あっから、ちょっと待ってて」
「よろしくなー、ボーズ」
「他の客いっから騒ぐなよー、クソガキ」
「え……あっハイ!」
武道は店内の待合室で龍宮寺を待っていたが、龍宮寺の家が風俗店である事をなかなか飲み込めずにいた。
その後、武道が客であると勘違いされるという一波乱はあったが、ようやく武道は龍宮寺の部屋へと通される事となった。
「俺本当の両親いなくてさ、ここにいる奴らみんなに育てられたみてぇなモンなんだ。来いよ!」
「……壮絶な生い立ちをサラッと……」
「ハハ、ウケんだろ?マイキーと志織以外の客はお前が初めてだ」
部屋に入りベッドにドカッと座る龍宮寺とは対象的に、武道はキョロキョロと辺りを見回しながら立ち尽くしていた。
「隣からえっちな音が……これってプレイルーム?」
「おお!住めば都だぜ?座れよ」
龍宮寺が大人びている理由を、武道は何となく悟ったようだった。
「ん?わー、すげー写真!」
武道は部屋の壁に飾られたたくさんの写真を、嬉々として眺めた。
「あ!マイキーくんに志織さん!エマちゃんもいる!なんだかんだ大事にしてんスね!」
武道が何とも言えない緩んだ表情で茶化すように言うと、龍宮寺はウッセェ!と声を荒げていた。
武道は再び視線を写真に戻し、順番に眺めていく。
するとその写真の中に、場地の姿を見つけた。
「場地くん……」
「……みんな俺の大事な奴らだ。こいつらになんかあったら、俺も一虎を殺したかった。よくねぇ事なのは分かってる。それでもだ」
龍宮寺は落ち着いた声で話していたけれど、武道の心には重たい何かがずっしりとのし掛かったような気持ちになった。
無意識のうちに、現代の龍宮寺と重ねてしまったのかもしれない。
「マイキーを止めてくれて、ありがとな。俺には止めれなかった」
武道は龍宮寺に、なんて返事をすれば良いのか分からなかった。
けれど武道は返事をする代わりに、真っ直ぐ龍宮寺を見つめながらその言葉に耳を傾けていた。
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