【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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万次郎は志織を支えながら、佐野家への道を歩く。
家に着くまでの間、万次郎も志織も一言も話さなかった。
ただ二人は身体を寄せ合いながら、見慣れた道を歩いていた。
佐野家に到着し玄関の扉を開けて中に入ると、居間からエマが顔を覗かせた。
そして、傷だらけで血塗れの二人を見て、エマは驚愕の声を上げた。
「えっ!?二人ともどうしたの!?」
「エマ、志織の手当てしてやって」
「うん!志織ちゃん大丈夫?手当てするから、先にシャワー浴びて血洗い流そう!」
エマは志織を脱衣場へ連れて行くと、志織がシャワーを浴びている間に手当ての準備をしていった。
一人残された志織は血や土で汚れた服を脱ぎ捨てると、浴室に入り頭からシャワーの水を被った。
縄が食い込んで出来た傷に滲みて、志織は思わず顔を歪ませる。
志織は痛みを我慢しながら、血や土で汚れた身体を洗い流した。
全身を洗い終えた志織が居間へ戻ると、エマは志織を座らせ傷の手当てをしていった。
「っ……」
「ごめん、志織ちゃん、痛い?」
「大丈夫、ありがとねエマ」
「うん」
志織が視線を上げてエマの顔を見ると、エマの目からは幾筋もの涙が溢れ落ちていた。
志織がシャワーを浴びている間に、何があったのかを万次郎から聞いたのだろう。
エマの涙を見て、志織もまた涙を流した。
静かな室内には、包帯を巻く音と、二人の泣き声だけが虚しく響く。
手当てを受ける志織の手も、手当てをするエマの手も震えていた。
エマが志織の手当てを終えると、志織は掠れた声でエマに礼を言った。
「ありがと、エマ」
「うん」
「万次郎の手当ては私やるから、救急箱借りていい?」
「うん、マイキーの手当てお願いね」
志織は救急箱を持って立ち上がると、居間の扉へ向かって歩き出した。
「志織ちゃん、大丈夫?」
「……多分。エマは?」
「まだよく、分からなくて……本当の事なのか実感がない」
「……そうだよね。ねえエマ、辛くなったらちゃんと言ってね。一人で抱え込むのなしだから」
「……うん、ありがと。志織ちゃんも、そういうのなしだからね」
「うん、分かってる」
志織はそう言うと、救急箱を持って離れへと向かった。
扉を開けて中に入ると、頭からタオルを被って俯く万次郎が、ソファに座っていた。
万次郎の髪からはポタポタと雫が落ちていて、万次郎の服や肌を濡らしていく。
「万次郎、風邪引くよ」
「……」
志織は、万次郎が頭に被っていたタオルに手を伸ばし、万次郎の濡れた髪を拭いていく。
不意に万次郎の手が、そっと志織の腕をそっと撫でた。
そして、震える唇で志織へ問いかけた。
「傷、痛む?」
「少しだけ」
「そうだよな……ごめんな、無茶させて」
「ううん、私こそごめん。一虎の事黙って、勝手にあの場に行って。場地に東卍に戻ってきて欲しかったんだけど、私があの場に行った事で、万次郎に迷惑かけちゃったよね……」
「迷惑なんて思ってねえ。志織は悪くねえよ」
万次郎の表情が、悔しさに歪む。
噛み締めた唇から、血が滲んでいた。
「場地、最期に言ってた。私と万次郎の結婚式で、茶化してやろうと思ってたって」
志織の声が涙声に変わり、嗚咽が交じっていく。
「なんだよそれ……。……ガキの頃から、俺たちの事いちばん茶化してたのは、場地だった」
「うん……」
「でも俺たちの事をいちばん応援してくれてたのも、場地だった……」
「……っ……うん……」
次々と涙が溢れ、頬を濡らしていく。
頬を濡らした涙はそのまま流れ落ち、震える二人の手にいくつもの痕を作った。
「俺、一虎の事が許せなかった。真一郎を殺して、志織を巻き込んで、その上場地までって」
「うん……」
「本気で、一虎を殺すつもりだった。殺そうと思って、何度も一虎を殴った」
「……うん」
「志織はあの時の俺が、怖くなかった……?」
涙に濡れた万次郎の瞳が、そっと志織を見上げる。
志織は包帯だらけの手で、万次郎の手をそっと包み込んだ。
「怖くなかったと言えば、嘘になる。でも、このまま万次郎がどこかにいっちゃう気がして、そっちの方が私は怖かった……」
「え……?」
「私は、万次郎と一緒にいられなくなるのは、嫌だよ」
万次郎の手を包む志織の手が、小さく震える。
それを感じ取った万次郎は、鼻の奥がツンと痛むのを感じた。
「あんなとこ見せても、俺と一緒にいたいって思ってくれんの……?」
「当たり前だよ。万次郎の誕生日の時に、私言ったよね?どんな事があってもずっと大好きって」
志織の言葉に、万次郎の黒い瞳が揺れる。
そして万次郎は震える手で、志織の手を優しく握り締めた。
「志織……っ」
「万次郎泣かないで?早めに怪我の手当てしよう?」
万次郎は志織の言葉に頷くと、そっと手を離した。
志織は抗争で負った万次郎の怪我を、丁寧に手当てしていく。
部屋の中には、万次郎と志織の啜り泣く声が、小さく響いていた。
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