【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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呆然と立ち尽くし項垂れる羽宮の前に、万次郎が立った。
万次郎の姿を見た途端、羽宮はその瞳孔を開き、万次郎へ向かって宣戦布告をした。
「人は誰しもが裏切る……。終わらせようぜマイキー。テメェが死ぬか、俺が死ぬかだ」
けれど万次郎は羽宮の言葉に応える事なく、羽宮の顔面に容赦なく拳を叩きつける。
万次郎の拳を食らった羽宮の身体は、後方へ大きく吹き飛ばされた。
それを見た志織は、万次郎を止めようと必死に叫んだ。
「万次郎!お願いやめて!」
「大事なモン壊すしか能がねぇなら、俺がここで壊してやる」
志織が何度呼び掛けても、万次郎は止まらなかった。
それどころか万次郎は、続けて羽宮の顔面をその足で蹴り飛ばした。
素早い蹴りで羽宮の身体は再び後ろに大きく吹き飛び、そのまま地面へと叩きつけられる。
「万次郎!ねえ万次郎!!」
志織は懸命に、万次郎の名前を呼び続けた。
早く、万次郎を止めなければ。
そう思うのに、志織に施された拘束がそれを許してくれない。
あと少しで腕のロープが焼き切れ、自由になれるというのに。
志織の両手は血で真っ赤に染まっていたけれど、それでも痛みに耐えながら志織は尚も腕を動かし続けた。
そうしているうちに、万次郎は羽宮の身体に馬乗りになり、重たく鋭い拳を羽宮の顔面に何度も何度も打ち続けた。
「俺が壊してやるよ、一虎」
ドッドッという重い音が、鈍く響いていく。
そんな光景を目の当たりにしては、誰一人その場から動けなかった。
「マイキー……」
「マイキーが一虎を……殺しちまう!」
「もう誰もマイキーを止められねぇ」
武道の目に、涙が滲んだ。
現代の龍宮寺から聞いたあの最悪な未来へ、一歩ずつ着実に近づいている。
ここまで来たら、もう万次郎を止める事は出来ない。
万次郎が羽宮を殴り殺し、稀咲が身代わりを立て、東卍は稀咲に乗っ取られていく。
自分の無力さを嘆き、ただただ涙を流す事しか武道には出来なかった。
絶望に苛まれた武道の脳裏に、現代で聞いた龍宮寺の言葉が何度も木霊する。
「俺は……なんて無力なんだっ!」
それでも万次郎の拳は止まる事なく、羽宮を打ち続ける。
羽宮の顔面から血があちこちに飛び散って、身体中の痛みも激しさを増していくばかりだった。
意識が朦朧として来ると、羽宮の脳裏にはまるで走馬灯のように、あの日の事が浮かんだ。
バブを盗みに入ったあの日、万次郎を殺すと言った羽宮を、場地は強く抱き締めた。
そして、羽宮に対して場地は涙ながらに言ったのだ。
──そんな悲しい事言うなよ……。この先どんな地獄が待ってても、俺は最後まで一緒だから!
温かい涙が羽宮の目から溢れ、瞳を濡らす。
羽宮がどれだけ間違いを犯しても、場地はいつも一緒にいてくれた。
それなのに羽宮は、いちばん大事な人にまで手をかけて、ぐちゃぐちゃに壊してしまった。
自分の最大の間違いにようやく気付いた羽宮は、場地の後を追うように、死を受け入れて涙に濡れたその目をそっと閉じた。
万次郎の拳は、尚も羽宮に降り注いでいる。
もう、時間がない。
「切れた……っ!」
その時、志織の腕を縛り付けていたロープが全て焼き切れた。
志織は車の中に転がっていたフロントガラスの破片を手に取ると、それで足を縛っていたロープを切った。
強く握り込んだ事で破片が肌へ食い込み、血が滲み出す。
それに構う事なく自由になった志織は、転げ落ちるように廃車の山を降り、万次郎の元へ一直線に走った。
「万次郎!万次郎やめて!」
志織は万次郎の元へ駆け付けると、振り上げた万次郎の腕に抱き付くようにして、その拳を懸命に抑えた。
「志織……?」
「万次郎!お願いやめて!」
大粒の涙を流しながら訴える志織の姿が、万次郎の視界に映る。
万次郎の目に映った最愛の恋人は、涙と血でぐしゃぐしゃになっていた。
「志織…血が……」
「大丈夫……大丈夫だから……!万次郎もうやめよう?」
「お前をここに連れて来たの、一虎だったよな……?」
「いいの!万次郎、私は大丈夫だから!お願いもうやめて!」
「志織まで、こんなに傷つけやがって……」
「嫌だ万次郎!!ねえ!」
万次郎は志織の制止を振り切って、その拳を再び振り上げた。
志織の絶叫が、辺りに響き渡る。
けれど、拳が羽宮の顔面を打つ直前で、万次郎の動きがぴたりと止まった。
「マイキィィィ!!」
その声に、万次郎と志織が弾かれたように振り返った。
万次郎の目には、痛みに悲鳴を上げる身体を庇いながら立ち上がる、場地の姿が映る。
「俺の為に…怒ってくれて……ありがとな」
「場地……!」
「場地くん!?」
「動いちゃダメだ!場地さん!」
場地は震える脚を踏みしめながら、一歩ずつ前へと進む。
「場地……」
「血が……」
「俺は、死なねーよ。こんな傷じゃあ、俺は死なねー!気にすんなよ、一虎」
場地はそう言うと、手に持っていたナイフを振りかぶった。
「俺は……!」
そしてそのまま、場地はそのナイフを自分の腹部に突き立てた。
場地のその行動に、その場にいた全員が目を見張る。
「お前には、殺られねぇ」
「場地さぁぁん!!!」
松野の悲痛な叫びが、廃車場に響き渡る。
場地の身体はまるで重力に飲み込まれるように、そのまま地面へと倒れ込んでいった。
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