【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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羽宮は場地に、持っていたナイフを突き立てた。
場地を通して伝わる妙な衝撃に、武道が気付いた時にはもう遅かった。
「え、一虎くん……!?」
「死ね、場地……」
武道は咄嗟に、羽宮に体当たりをして場地から羽宮を引き離した。
その勢いのまま、羽宮と武道は廃車の山をゴロゴロと転げ落ちていく。
武道はすぐに身体を起こして、場地に声をかけた。
「場地くん!大丈夫っスか!?」
このまま場地が羽宮に殺されてしまったら、またあの未来を辿ってしまう。
それだけはどうしても、阻止しなければならない。
けれど場地は、変わらず武道の目の前に立っていた。
「カスリ傷だ。助かったぜタケミチ」
「場地くん……!」
どうやら場地は、致命傷を負う事は免れたようだ。
先程までと変わらない様子の場地を見て、武道は安堵の笑みを浮かべた。
上からその様子を見ていた志織も、安心したように息を吐いている。
「一虎ぁぁ!テメー何してくれてんだコラ!!」
怒りを露にした松野が、羽宮の胸ぐらを掴んで詰め寄る。
そんな様子を横目に、武道の口から半ば無意識に言葉が零れ落ちた。
「……生きててくれて良かった」
「あ?何言ってんだ、テメー。俺は稀咲を殺る!黙って見とけタケミチ!」
色んな事が目まぐるしく起こりすぎて、武道は一体自分が何をしたらいいのか分からなかった。
けれど、羽宮が場地を殺す事だけは阻止できた。
これで万次郎が羽宮を殺す理由も、きっとなくなったはずだ。
「俺は、東卍のトップになる為に稀咲を潰す!」
場地は武道の言葉を、黙って聞いていた。
「千冬!」
「うん!」
「へー、お前らも稀咲を?」
「一緒に戦わせて下さい!」
武道と松野は、真っ直ぐ場地を見ながら言った。
だが場地は、そんな二人を殴り倒した。
「邪魔すんな」
「なんで……一人でやる必要ないじゃないですか!?」
邪魔だと言われても殴られても食い下がってくる武道を、場地は鋭い眼光で睨み付けた。
場地のあまりの迫力に、武道はうっ……と声を漏らしながら、思わずたじろいだ。
「場地さん……」
「あ……」
場地は武道の横を、何も言わず静かに通り抜けた。
けれどすれ違い様に、場地は武道にしか聞こえないような声量で言った。
「マイキーを、頼む」
「!」
遠ざかっていく場地の背中を見て、今度は松野が口を開いた。
「何焦ってんだよ……場地さん」
「え?」
松野の言葉に、武道は思わず聞き返した。
武道には松野が言っている事の意味が、全く分からなかった。
武道から見れば、場地は焦っている素振りなんて一度も見せていなかったから。
武道が松野の言葉に気を取られているうちに、場地は万次郎の前に立ちはだかる参番隊の50人と対峙していた。
「さて、参番隊50人VS1!」
場地はその長い髪を一つに束ねると、目の前の敵を真っ直ぐ見据えて笑みを浮かべた。
「上等上等!行くぞオラァァ!!」
「いくら場地くんでも50VS1は……」
だが、武道のその心配は杞憂だった。
場地は持っていた鉄パイプで、立ちはだかる敵たちを次々と薙ぎ倒していく。
「うおっ強えぇ!一瞬で4人も!?」
「舐めんなよタケミっち。場地さんは稀咲をやるって言ったろ?あの人はできねー約束はしねーんだよ」
松野のその言葉を聞きながら、武道は場地を見守っていた。
そして万次郎を守るように立つ稀咲を、静かに見上げた。
「一虎がしくったか……」
稀咲は志織に聞こえないよう、声を潜めてそう吐き捨てた。
志織はロープを切る事に集中しているようだが、用心するに越した事はない。
「場地が来る!さっきみてぇにボーっとしてたら殺すぞ、副隊長」
「スイマセン!」
「場地を侮んじゃねーぞ?この俺を出し抜いた唯一の男だ」
「さっきのは不意打ちでしたけど、こっちは50人!絶対ぶっ殺しま……ぶっ!」
「!?」
稀咲は弾かれたように、後ろを振り向いた。
その瞬間、先端が鋭く尖った鉄パイプが、稀咲の喉元に突き立てられた。
稀咲の目の前には、再び場地が立っていた。
「チェックメイトだ、稀咲ぃ」
「やれるもんなら、やってみろ!」
場地のあまりの強さに、武道は完全に視線を奪われていた。
けれど場地は固まってしまったように、そのまま一歩も動かない。
「…………?…………場地くん?」
武道の口から、心配そうな声が溢れ落ちる。
その時、ボタボタと廃車の屋根に大量の血が流れ落ちた。
突然の事に、誰もが思わず目を見張った。
けれど状況を理解する間もなく、今度は場地が苦しそうに口から血を吐き出していた。
あまりに衝撃的な光景に、松野の身体がカタカタと震え始める。
「クソッここまでか……」
「場地!?」
志織も、血を吐き出す場地を見て驚愕の声を上げていた。
場地はその声に答える事なく、そのまま崩れるように廃車の屋根に膝を付く。
武道も志織も松野も、一体何が起きているのか到底理解出来ずにいた。
「稀咲テメー、何をしたぁ!」
相変わらず身体は震え、更には思考もまともに働いていなかった。
それでも松野は場地の元へ向かう為に、目の前に聳え立つ廃車の山を登っていった。
けれど稀咲は松野を見下ろしながら、表情一つ変えずに言った。
「見てたろ?俺は何もしてねぇ」
「場地さん!」
松野は一直線に、場地の元へ向かっていった。
そして倒れた場地の傍らにしゃがみ込むと、松野は何度も場地を呼んだ。
その時見えたものに、松野はハッと息を大きく漏らした。
目の前で横たわる場地の腹部付近から、大量の出血を確認したからだ。
「血…………刺された?刺されたんスか!?いつ……!?」
「え!?」
出血の原因になっているのは、羽宮が刺した時の傷だった。
場地はカスリ傷だと言って隠していたが、本当は重症だったのだ。
「……!一虎……一虎ぁぁぁ!!!」
その事に気付いた松野の、怒りに満ちた絶叫が辺りに響き渡る。
当の羽宮は地面に座り込み、ブツブツと何か言っていて、松野の声は届いていないようだった。
いずれにしても、今武道たちは現代で見た最悪な未来に、着実に向かってしまっている。
武道がいくら死力を尽くしても、結局は稀咲の手の平で転がされているだけなのだと、武道は実感した。
そして稀咲は、更に武道を追い込んでいく。
「やっぱヤベェ奴だな!一虎は」
それは、なんの脈絡もない一言だった。
「そうか!場地を芭流覇羅に引き抜いたのは、こうやって寝首をかく為か」
武道からすれば、この稀咲の言葉は白々しいだけだった。
今起きている全ての事は、稀咲が仕組んだ事なのだから。
だから武道には、稀咲が突然こんな事を言い出す真意が掴めなかった。
けれど次に続く稀咲の言葉と目に映る光景で、武道はようやく稀咲の狙いに気付いた。
「ねぇ?総長?」
稀咲は万次郎を煽る為に、突然こんな事を言い出したのだ。
「万次郎……!」
「……殺したかった……ずっと。兄貴が死んで、志織も毎日泣いてた……。一虎が年少から出てきたら、真っ先に俺が殺そうと思ってた。そんな俺を諭し続けてくれたのが、場地だった」
万次郎は落ち着いた声でそう話しながら、廃車の山を一歩ずつ下っていく。
「万次郎……!万次郎!待って!」
「……場地が言ってた。一虎はマイキーを喜ばせたかった、だからあいつは受け入れられない。たとえマイキーの兄貴を殺しちまっても、自分を肯定する為にマイキーを敵にするしかなかったってよぉ……」
「万次郎!!」
万次郎は自身の頬に流れ落ちる血を、ペロリと舌で舐め取った。
怒りに満ちているはずなのに、その顔には感情が感じられない。
そんな万次郎の只ならぬ様子を見て、龍宮寺も思わず息を呑む程だった。
「マイキー……」
「ケンチン。喧嘩はもう終わりだ」
「は!?オイオイオイオイ!喧嘩は終わり!?ナメてんのかマイキー?そんなのテメーの決める事じゃねーだろーが!」
半間は笑いながら、万次郎の前に立ち塞がった。
それを見た志織は、咄嗟に声を上げた。
「ダメ!逃げて半間!」
けれど志織が叫んだのとほぼ同時に、半間は地面にのめり込んだ。
万次郎の蹴りを食らい、一瞬にして伸されてしまったのだ。
「ホラ、終わった」
万次郎のあまりの強さに、その場にいた全員が唖然としていた。
騒がしかった廃車場が、一気にシンと静まり返る。
万次郎に恐れを成した芭流覇羅メンバーたちは、一斉にその場から逃げ出して行った。
周りに誰一人いなくなり、ポツンと佇む万次郎の後ろ姿を、志織は荒い呼吸を繰り返しながら見つめていた。
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