【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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万次郎に襲い掛かろうとする群衆を止めようと動いても、その壁は高かった。
敵の数が多く、三ツ谷も松野も龍宮寺も阻まれてしまい、その場で足止めされてしまっていた。
「どけ、クソ!」
「クソ、キリがねぇ」
「半間ぁ!ゾンビかテメェは!?」
「どうしよう……助けないと!」
武道も万次郎を助けるべく、廃車の山に向かって走り出す。
「どけぇぇえ!」
だが武道の顔面に、拳が叩きつけられる。
「邪魔だぁ!」
武道の身体は、そのまま後ろへ吹き飛ばされた。
身体中を、痛みが襲う。
それでも武道はもう一度立ち上がると、再び廃車の山に向かって走り出した。
けれど敵が武道を阻む手が厚く、中々突破する事が出来ない。
「マイキーくん!」
「殺っちまえ!」
「このっ……どけぇえ!」
武道の攻防も虚しく、先に万次郎の元へ辿り着いたのは、芭流覇羅メンバーたちを焚き付けたあの幹部だった。
「万次郎!!!万次郎ぉぉぉぉぉぉ!!!」
「大将首、とったぞコラァァ!!」
終わった……
武道がそう思った瞬間、万次郎を守るように立ち塞がり、芭流覇羅幹部の顔面に拳を叩きつけた男がいた。
「き、稀咲……?」
志織はその光景を見て、思わずその場にへたりと座り込んだ。
廃車の屋根の上には、志織の目から零れ落ちた大粒の涙が、たくさんの痕を作っていた。
「良かった……万次郎……万次郎ぉぉ……」
「東京卍會参番隊隊長、稀咲鉄太!大将はウチの隊が責任持って守らせてもらう!」
その時武道は、自分が感じた既視感の正体にようやく気付いた。
稀咲が伸したその男が、かつて稀咲と行動を共にしていたのを、武道は目撃した事があった。
つまりこの芭流覇羅幹部の男は、稀咲の手下だ。
「へー、やるじゃん稀咲」
「ちっ、総長にでもなる気かよ?」
三ツ谷や松野のその言葉を聞いて、武道は稀咲の狙いに気付いた。
稀咲はこの抗争で、勝利しようが敗北しようがどちらでも良かったのだ。
東卍が負ければ芭流覇羅として吸収し、東卍が勝てばこうして活躍して成り上がっていく。
この抗争の結果がどうなっても、稀咲が東卍を乗っ取れるように仕組まれていたのだ。
「あいつ……マイキーを守ったぞ!」
「いいとこ持っていきやがって……」
気付かないうちに、武道は結局稀咲の手の中で踊らされているだけだった。
それにようやく気付かされた武道の頬に、後悔の涙が零れ落ちていく。
「稀咲!よくやった!」
「稀咲……ありがとう……」
違う、違うのに。
三ツ谷も松野も龍宮寺も、そして志織も、誰もその事実には気付いていなかった。
稀咲は東卍を、万次郎を、龍宮寺を貶める存在だというのに。
「マイキーを任せた!」
その言葉に、武道の目からは更に涙が零れ落ち、頬を濡らしていく。
こうなってはもう、どうする事も出来ない。
武道の心が折れかけた時、稀咲の背後に一つの人影が見えた。
「この時を待ってたぜ。稀咲!!」
それは場地だった。
場地は鉄パイプで、稀咲の頭部を殴り付けた。
ガゴンと派手な音がして、その衝撃に稀咲の身体が宙を舞う。
「場地……!?やめて……!」
場地を止めようと、志織は声を絞り出す。
けれど志織のその声に、場地が反応を示す事はなかった。
「場地が稀咲をやっつけたぞ!」
「稀咲ぃぃ!ツラが分かんなくなるまでブン殴ってやるぜ!」
それを見た武道は、場地の狙いが稀咲である事を確信したようだった。
「やめろ場地!」
「俺らは、お前を連れ戻しに来たんだぞ!」
「場地お願い……東卍に戻ってきて……!」
皆、場地を止めようと口々に声を張り上げる。
けれど場地は、その言葉に答える事はなかった。
その時、誰かが背後から場地の首元を乱暴に掴み、そのまま場地の身体を投げ飛ばした。
ガン!と音を立てて、場地の身体が廃車の山を転がり落ちていく。
場地を投げ飛ばしたのは、共に東卍に入った稀咲のもう一人の手下だった。
「場地くん!」
「ふん。……大丈夫っスか?稀咲さん」
「ブンブンブンブン、俺の周り嗅ぎ回ってるハエだ。叩き殺せ」
「……上等だよ、稀咲!」
状況は最悪だった。
このままでは場地は、稀咲に殺されてしまう。
焦る武道の目に映ったのは、場地の行く手を阻むように両手を広げて立ちはだかる松野だった。
「千冬……?何の真似だ?」
武道は思わず、ゴクリと喉を鳴らして息を呑み、その光景を見つめた。
「どけよ、千冬ぅぅ!」
「場地さん、ダメっスよ。今ここで稀咲をヤるのは、マイキーくんを裏切る事です!東卍の為に稀咲をヤるなら、今じゃない!」
松野は場地へ、懸命に訴えかけた。
けれど場地はそんな松野の気持ちに反して、無情にも松野の頭を鉄パイプで殴り付ける。
「いい気になんなよ、千冬ぅぅ!テメーを俺の隣に置いたのは、喧嘩の腕を買っただけ。テメーの考えなんてどーでもいーんだよ」
「俺は壱番隊副隊長!場地さんを守る為にここにいる!」
殴られ、酷い言葉を浴びせられても、松野は再び場地の前に立ちはだかった。
場地を守る為に。
「どーしてもこの先に行くなら、俺も容赦しねーぞ!」
「やってみろ。10秒やる」
「え!?」
「10!9…8…7…6…どーした?5…容赦しねーんじゃねーのか?殺さねーと止まんねーぞ俺は」
けれど松野の身体は、ピクリとも動かなかった。
次第に、松野の呼吸が荒く乱れていく。
その間にも場地のカウントは続き、リミットに迫っていた。
「4…3…2…1………ゼロ」
ついに場地が、静かな声でカウントダウンの終わりを告げた。
松野は、動けなかった。
場地を止める為とは言え、生まれて初めて憧れた男へ拳を打ち込む事なんて、松野にはどうしても出来なかったのだ。
「うおおおおおお!!!」
その時、松野の鼓膜を劈くように聞こえてきた雄叫び。
それを発していたのは、武道だった。
武道は場地に飛び付いてその腰にしがみつくと、必死にその動きを封じた。
「タケミっち!?」
「千冬!一緒に場地くん止めんぞ!」
「ちっ」
「千冬!」
今止めなければ、場地を救う事は出来ない。
武道は一心不乱に、場地にしがみつき続けた。
けれどその光景を見ても、松野は動けなかった。
「ダメだ、タケミっち」
「え!?」
「俺は……場地さんを殴れねー」
その声は震えていた。
松野の目から、一筋の涙が零れ落ちる。
場地は松野にとって生まれて初めて憧れた、ただ一人の男なのだ。
松野は場地に出会ってから、ずっと場地を慕い、ついてきた。
そんな男を殴るなんて、松野にはどうしても出来なかった。
「は!?何言ってんだよ千冬……!」
その時、武道の後頭部には場地の肘が突き刺さる。
重たい打撃に、意識が朦朧とした。
けれど武道は、意識が飛ぶのを間一髪のところで堪えた。
武道を奮い立たせたのは、最悪な未来での残酷な記憶だった。
もう二度と、あんな未来が訪れてはならない。
松野が出来ないのであれば、自分一人でも止めるしかないと、武道は思った。
場地が稀咲に殺される事は、なんとしても阻止しなければ。
「俺一人でも守らないと!」
その時、武道は自分の思い違いに気付いた。
場地を殺すのは、稀咲ではなく羽宮だと。
武道は慌てて振り返り、廃車の山のてっぺんを見る。
だが既に、そこに羽宮の姿はなかった。
「タケミっち!場地!後ろ!!!」
志織の叫び声が武道の耳に届いた時には、もう遅かった。
羽宮は既に場地の背後に回り込み、持っていたナイフを場地の身体へと突き刺した。
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