【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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殴られた勢いのまま、廃車の山の中にバタリと倒れ込む万次郎。
羽宮はそんな万次郎の姿を見下ろしながら、温度が籠っていないような冷たい声で言った。
「俺らの、勝ちだ」
けれど倒れた万次郎は痛む身体を起こし、その場にもう一度立ち上がる。
そして羽宮を真っ直ぐ見ながら、万次郎は血の滲む唇を開いた。
「一個だけ教えてくれ、一虎」
「あん?」
「俺は、お前の敵か?」
そう問いかける声は、やけに静かだった。
その瞬間羽宮の脳裏には、過去の万次郎に言われた言葉が蘇る。
──お前は俺のもんだ、一虎
そして続けて、幼い頃の記憶も蘇った。
幼い頃の記憶はあまりないが、羽宮が覚えているのは振り上げられた拳と、怯える母の顔。
人は、誰しもが裏切る。
その言葉は羽宮の思考回路に、しっかりとこびりついていた。
幼い頃の環境によって、羽宮はそう考える事でしか自分を守れなかったのかもしれない。
──お前は、お父さんの味方?それとも、お母さんの味方?どっちもはダメ。どっちかよ。
──ボクは……。
また、声が響く。
苦しさに塗れた幼い頃の記憶は、羽宮の心を蝕んでいた。
「──俺は、お前のせいで苦しんだ。お前のせいで年少にいたんだ」
「は?何言ってんだテメェ」
「敵に決まってんだろーが!」
羽宮の目が怒りに満ち、一瞬にして血走った。
プレッシャーを含んだ空気が、直接肌にビリビリと伝わってくるようだった。
「俺は邪魔なモノを排除する。知ってるか?マイキー」
羽宮は万次郎に語りかけながら廃車の山を登り、志織へ近付いていく。
そしてそのままてっぺんに積まれた車の屋根に飛び乗ると、羽宮は両手を広げて言った。
「人を殺すのは悪者。でも敵を殺すのは、英雄だ!」
羽宮の耳に付いた鈴が、リンと音を奏でる。
その様子を、志織は目を丸くしながら呆然とした表情で見上げていた。
そして同じく武道も、羽宮を見上げながら、その狂ったような思想に困惑の表情を見せた。
「一虎……」
「ヒャハ!狂ってやがんな」
羽宮は車の屋根から降りると、再び万次郎の元へ向かって歩いていく。
「一虎!一虎ぁぁ!止まれ!!」
必死に引き留める志織の声にも、羽宮は全く耳を貸さなかった。
それどころか、羽宮は持っていた鉄パイプを万次郎へ突き付け、信じ難い言葉を口にした。
「しっかり押さえとけよ」
一人は万次郎を背後から羽交い締めにし、もう一人は万次郎の脚にしがみついて、万次郎の自由を奪った。
そして動けなくなった万次郎を、羽宮はその手に持っていた鉄パイプで容赦なく殴打した。
万次郎の頭から流れ出た血液が、辺りに飛び散っていく。
志織の顔や身体にも、飛び散った万次郎の血がかかった。
「万次郎ぉぉぉぉぉぉ!!!」
志織の悲痛な叫びが、響き渡った。
万次郎の元へ駆け寄ろうとしても、縛られた手足が邪魔をして、それすら叶わない。
志織は手を縛っているロープを、窓枠に何度も叩き付けたり、擦り付けたりを繰り返した。
志織は、生じる摩擦熱でロープを焼き切ろうとしているのだ。
「おいおい、そんな事したってロープが切れるわけねぇだろ」
「万次郎!!万次郎ぉ!!!」
志織の見張り役として近くにいた男が、嘲笑うかのように言う。
だが志織はその男の言葉には一切耳を貸さず、ただひたすらロープを叩き付け擦り付けを繰り返した。
けれど先に悲鳴を上げたのは、志織の身体の方だった。
ロープが肌に食い込み、みるみるうちに血が滲んで、肌を汚していく。
「お、おい……!やめろよ!何やってんだよ!」
「万次郎を離せ!!止めろ!!!万次郎ぉぉ!!」
それでも志織は、ロープを解こうとする事を止めなかった。
今の志織の頭を埋め尽くすのは、万次郎の事だけだった。
周りの声や自分の腕の痛みなんて、ほとんど感じていなかった。
そんな志織の姿は、武道や龍宮寺の目にも映っていた。
「マイキー!志織!」
龍宮寺が二人の元へ走り出すも、それは半間に阻止されてしまう。
「お前の相手は俺だろぉー!」
「ちっ」
「俺は英雄になる為に、敵を殺す。志織、ちゃんと見てろよ」
「一虎!!もう止めろ!!!」
志織の制止も虚しく、羽宮の攻撃は尚も万次郎を襲う。
「マイキーくん!」
「嫌だ……!万次郎!!」
志織はもう、呼吸すらまともに出来なくなっていた。
涙で顔はぐしゃぐしゃで、喉からはひゅうひゅうと音が漏れている。
それでも志織は、懸命に腕を動かし続けていた。
万次郎の唇が微かに動いたのは、その時だった。
「……敵を殺す?」
その声に、羽宮も志織も、万次郎へ視線を向ける。
「そんな事で、兄貴を殺したのか?」
その瞬間、羽宮は何とも言えない恐怖を感じた。
万次郎は自分を羽交い締めにしていた男を吹き飛ばし、脚にしがみつかれたまま羽宮の頭部に蹴りを叩きつけた。
「俺ごと!?」
「へ?」
凄まじい音が鳴り響き、羽宮はその場に卒倒した。
「万次郎……?」
その時の万次郎の顔は、怒りに満ち溢れていた。
先程よりも強いプレッシャーが空気に乗って、まるで志織の肌をビリビリと焼き付けているかのようだった。
けれど万次郎は崩れ落ちるように膝を付き、目を閉じたまま動かなくなってしまった。
「万次郎……!!」
志織の頬を伝った涙が、ポロポロと廃車の屋根に落ちていく。
ただひたすら、万次郎が心配だった。
不安に塗り潰された志織の心は、その手や唇をカタカタと震わせる。
それでも尚、志織は休まずに腕を動かし続けた。
「オイ!マイキーが座り込んだぞ!」
「あんだけ血ぃ流して、疲れてんじゃねーの?」
「今ならやれるんじゃねーか!?」
万次郎の様子を下で見ていた者たちが、そう口々に言う。
半間もまた、その様子を見てその口元に不適な笑みを浮かべていた。
「やるなぁ……一虎……」
「オイ、動かねーぞ」
「マジでいけんじゃねーのか?」
「テメーらついて来い!マイキー潰すぞ!」
芭流覇羅幹部のその一言に、その周辺にいた芭流覇羅メンバーたちが束になって、万次郎へ襲い掛かろうと動き出す。
「やべえ!芭流覇羅幹部がまだいた!」
その時武道は、その幹部の顔を見て既視感を覚えた。
「やめろ!!!」
万次郎に襲い掛かろうとする人束を見て、志織の悲痛な叫びが木霊する。
けれど何重にも巻き付けられたロープは、尚も志織を阻み続けていた。
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