【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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2005年10月29日。
東卍VS芭流覇羅の決戦を、二日後に控えた日。
とある高架下には、龍宮寺と羽宮の姿があった。
「急に呼び出して何の用?ドラケン」
「久しぶりだな、一虎」
羽宮は龍宮寺のその言葉に、答える事はなかった。
けれど羽宮の耳につけられた鈴が小さくリンと鳴り、まるで羽宮の代わりに返事をしたようだった。
「やめねぇか?こんな抗争」
この問いかけにも羽宮は答えなかったが、ピクッと微かな反応を見せた。
「お前に勝とうが負けようが、俺は笑えねぇよ。分かんねぇよ一虎。なんでお前がマイキーを恨むんだ?マイキーはお前に有利な証言したんだぞ?そのおかげで早く出てこれたんじゃねぇかよ。あいつがどんな思いで……」
「ウッセェ」
それまで黙っていた羽宮は、龍宮寺の言葉を遮るようにそう言った。
そして憎悪に満ちた瞳を龍宮寺へ向け、話を続けた。
「2年間…俺の大事な2年間、ずっと塀の中だよ。俺はもうあの頃の俺じゃねぇ」
「それでも俺は、お前の仲間だ」
羽宮は口を閉ざしたまま、龍宮寺の横を通り抜けていく。
「そういうところが気に入らねぇんだよ、ドラケン。明後日の決戦で、東卍は潰す。どんな手を使ってもな」
去り際、羽宮は龍宮寺にそう告げた。
龍宮寺の説得は、羽宮には届かなかった。
「マイキーはこんな事、望んでねぇぞ!」
この言葉が羽宮の耳に聞こえていたかどうかは、分からない。
羽宮は何も言わず、振り返る事もなく、その場を後にした。
羽宮が去った後、龍宮寺はその足でとある場所へ向かっていた。
龍宮寺が向かった先にいたのは、万次郎だった。
龍宮寺は羽宮との事を、万次郎に話した。
「もう、戻れねぇのかな……?」
龍宮寺の話を聞いた万次郎の瞳が悲しそうに揺れ、視線がふと落ちる。
兄の形見であるバブをそっと撫でながら、万次郎は小さく呟いた。
「兄貴なら、どうすんだろ……?」
「さあ?そいつと語ってこいよ。気が済むまでさ」
その後、万次郎は龍宮寺に言われた通りに、バブを走らせた。
気が済むまで何時間も、万次郎はバブと共にそこら中を走り回った。
気が済んで家に帰った頃にはもう、明け方近い時間になっていた。
音を立てないように自室のそっと扉を開くと、自分のベッドで眠る愛しい恋人の姿が万次郎の目に映った。
万次郎はそっとベッドへ近付くと、眠る志織の頬をそっと撫でる。
「ん……まんじろ……?」
「ごめん、起こしちゃった?」
「ううん、目閉じてただけだから大丈夫」
志織は身体を起こすと、自身に触れていた万次郎の手を取り、そっと指を絡めた。
「おかえり、万次郎」
「ただいま。志織、眠れない?」
「大丈夫。さっきちょっと目が覚めちゃっただけだから」
「そっか」
「うん」
不意に、静寂が訪れる。
二人の間に言葉はなかったが、絡ませた指の隙間を埋めるように、万次郎の手が志織の手を優しく包み込んでいた。
「ねえ、志織」
「なぁに?」
「甘えてもいい?」
「ん、いいよ」
志織がそう返事をすると、万次郎は志織の頬に自身の頬をそっと寄せ、背中に腕を回して抱き寄せた。
志織もまた、繋いだ手はそのままに、もう片方の手で万次郎の背中を優しく撫でた。
「どうすればいいか分からなくて、兄貴ならどうするかなって、バブと走りながらずっと考えてた」
「うん」
「聞いてくれる?」
「私で良ければ」
万次郎は自分の考えを、望んでいる事を、ポツリポツリと話し始めた。
志織は万次郎が話している間、相槌を打ちながら、万次郎の言葉を噛み締めるようにして聞いていた。
そして万次郎が話し終わると、志織はそっと口を開いた。
「万次郎の決めた事なら大丈夫。きっとみんな分かってくれる」
「うん」
万次郎は短く返事をすると、寄せていた頬を擦り付けるようにして、志織との距離を縮めた。
二人はしばらく、そのまま肌を寄せ合っていた。
まるでお互いの体温も呼吸も、全てを共有するかのように。
「志織、あったけえ」
「万次郎もあったかい。いい匂いもする」
「志織も、いい匂いする」
抱き締め合って、触れ合って、そんな穏やかな時間が流れていく。
この先もずっとこんな風に、尊い時間を二人で共有しながら生きていきたいと、志織は思った。
「万次郎」
「なに?」
「怪我に気を付けて、無事に帰って来てね」
「うん、ありがとう」
カーテンの隙間から、緩やかに朝日が差し込む。
するとその時、静かな室内に突然、万次郎の腹部から空腹を知らせる音が鳴り響いた。
突然の事に志織は驚きつつも、笑いを溢しながら口を開いた。
「万次郎、お腹空いたの?」
「空いた」
「じゃあ朝ごはん食べよっか。何がいい?」
「オムライス」
「朝からオムライスはちょっと、重たくないかなあ」
「じゃあ何でもいい。志織の作ったご飯が食べたい」
「んー、冷蔵庫何かあったっけ」
二人はそんな事を話しながら、万次郎の部屋を出て、母屋へと向かって行った。
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