【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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呼吸が乱れた武道の口から漏れたのは、困惑の声だった。
けれど龍宮寺は、そのまま話を続けた。
「マイキーは捕まらなかった。なぜなら、稀咲が身代わりを用意したからだ。マイキーは堕ちた。東卍は芭流覇羅に乗っ取られ、総長マイキー、そして総長代理稀咲を筆頭とした巨大組織に膨れ上がった。今思えば、稀咲が東卍に入ったのは初めからマイキーが目当てだったんだろうな……」
「ちょっと待って下さいよ……マイキーくんが一虎くんを殺した?」
龍宮寺の話は、すぐに受け入れるにはあまりに壮絶で、信じ難いものだった。
武道は思わず、目の前にあるアクリル板に両手の拳を叩きつけ項垂れた。
「嘘だ……マイキーくんが、人を殺すわけない」
そう言って狼狽える武道を、龍宮寺は黙って見つめていた。
そして再び口を開いた龍宮寺は、武道に厳しい現実を突き付けた。
「お前はあの時のマイキーの立場になっても、一虎を殺さない自信があるのか?兄を殺した仇だぞ?そしてあの日一虎は、場地を殺したんだぞ!」
「……え!?一虎くんが……場地くんを……?」
その瞬間、武道の脳裏に再び覚えのない光景が鮮明に甦る。
「お前も見てたろ?タケミっち」
「え?」
青褪めた顔で地面に倒れる場地や、万次郎に殴られて顔がぐちゃぐちゃになった羽宮の姿。
そして、羽宮の返り血で真っ赤に染まる万次郎。
あまりにも壮絶な光景と龍宮寺の証言に、武道の思考回路は混乱するばかりだった。
拘置所を出て直人と共に帰路に着いても、混乱した思考回路が落ち着く事はなかった。
ふらつく足で少し前を歩く直人に着いて行くだけで、精一杯の状態だった。
その道中、武道はうわ言のように言った。
「マイキーくんは絶対ェ人を殺したりしない。分かってんのに、信じてるのに……ドラケンくんと話してると何故か浮かんでくるんだ。その時の光景が……っ!」
直人は歩みを止めて振り返り、武道の言葉に耳を傾ける。
けれどなんて声を掛けるべきなのか、直人には分からなかった。
武道は堪えていた涙を我慢出来ずに、泣きじゃくりながら言った。
「どうして出てくんのか分かんねぇけど、憶えてないはずの記憶が溢れ出て来るんだ!倒れてる場地くん、一虎くん、そして血塗れのマイキーくん。全部本当なのかなんて分かんねえ!けど!あのマイキーくんの悲しそうな顔……っ!……俺マイキーくんを助けないと!」
「……タケミチくん」
悲痛な声を上げる武道を、直人もまた辛そうな表情で見つめていた。
直人は泣きじゃくる武道を支えながら、自宅への道を歩いた。
直人の家に着く頃には武道の涙も止まっており、直人は胸を撫で下ろしていた。
そして万次郎を救う為に、武道は自分のやるべき事を探し始めた。
「血のハロウィン抗争は東卍の敗北に終わった。それは佐野万次郎が羽宮一虎を殺害したのが原因。しかもそれは稀咲が仕組んだ」
「マイキーくんが一虎くんを殺したのは、マイキーくんの親友である場地くんを、一虎くんが殺してしまったからだ!だったら場地くんを助ける!そうすればマイキーくんは過ちを犯さない!」
「そして、稀咲の思惑も阻止できる!場地圭介を守る、それが今回のミッションですね」
「ああ!」
「龍宮寺堅の時といい、僕たちこんなのばっかりですね」
そう自嘲気味に笑う直人に、武道は屈託のない笑顔を向けて言った。
「そろそろ、キメねぇとな!」
「そろそろか…。簡単に言いますね、大変なミッションのハズなのに」
「ん?」
「実は君は、すごい人なのかもですね!」
これまでだって、心が折れ二度と立ち上がれなくなってしまってもおかしくない事態に、武道は幾度となく陥ってきた。
けれどその度に武道は立ち上がり、壮絶なミッションを成し遂げてきたのだ。
直人の目には武道に対する尊敬の気持ちが、滲んでいるように見えた。
「頑張ってきて下さい!」
「お、おう!行ってくるぜ、直人」
差し出された直人の手を、武道が握り返す。
すると武道の心臓が大きく脈を打ち、目の前が次第に真っ暗になっていくのが分かった。
万次郎の為にも、絶対に場地を守る。
武道は固い決意を胸に、また過去へと旅立った。
▼
過去へ戻った武道の目の前には、日向がいた。
どうやら学校帰りに、日向を家まで送り届けたところだったらしい。
武道は日向にちょっと待っててと声を掛けられて、慌てて返事をした。
そして一度家に入った日向が戻ってくると、その手には小さな紙袋があった。
「はい、プレゼント」
「え?」
「これ、渡したかったんだー」
「なんかの日だっけ?開けていい?」
「うん」
紙袋に入れられていたのは、以前武道が日向にプレゼントしたものと同じ、四つ葉のクローバーのネックレスが入っていた。
「これって、俺があげたのと一緒……」
武道がそう呟くと、日向は頬をほんのり赤く染めながら、自身の首元にあるネックレスを取り出し言った。
「おそろいがいいじゃん」
その瞬間、現代で会った日向の母の声が蘇った。
──お気に入りだったみたい。いつも大事そうに身に付けていたのよ。貴方の事が大好きだったのね。
武道の心に様々な感情が込み上げて来て、それは涙となって武道の瞳を濡らしていた。
「え?泣くほど?」
「バッ泣いてねーよ!」
「ホント泣き虫だねー、タケミチくん」
慌てて否定する武道を見て、日向は楽しそうに笑い声を漏らす。
「ありがと。大事にする!」
けれど次に見せた武道の表情が妙に大人びていて、日向は思わずその表情に目を奪われた。
そして日向は元気よく、うん!と返事を返した。
「たまに大人な顔するよねー」
「そ…そお?」
日向と過ごす他愛のない時間は、張り積めていた武道の心をそっと解し、温めてくれたようだった。
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