【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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松野と共にやってきた、小さな会社の事務所。
そこにいたのは、かつての愛美愛主総長である長内だった。
松野は稀咲を探るという目的の元、まずは長内に話を聞こうとここへやって来たのだった。
松野が稀咲の事を尋ねると、長内は稀咲との出会いから話し始めた。
第一印象は、地味なガキだったと言う。
だが稀咲は「俺と組めばすぐに東京のトップになれる」「見返りはいらない、自分で貰う」と、言葉巧みに長内に取り入った。
「不思議な事に稀咲の言う事を聞いてたら、全てうまくいった。俺はたった一年で、ただ喧嘩だけが取り柄の馬鹿から、新宿を仕切る総長にのし上がったんだ」
そこまで聞いて、武道は稀咲の凄まじい手腕に思わず息を呑んだ。
けれどそんな武道とは裏腹に、松野は落ち着いた様子で長内に質問をぶつけた。
「じゃあ長内くんが愛美愛主の総長になれたのは、稀咲がいたからって事ですか?」
「ああ、喧嘩の腕だけで人はまとめらんねーよ」
「なら稀咲は、長内くんの腹心の部下って事?」
松野は再び、長内に質問をぶつけた。
だが長内は、松野の質問に一瞬言葉を詰まらせた。
そして表情を歪ませながら、重たい口を開く。
「……稀咲にとっては、俺はただの踏み台だった。それが分かったのは83抗争だ」
「それってドラケンくんが刺された、あの?」
「そもそもあの抗争自体が、稀咲が仕組んだもんだ。稀咲はパーちんを追い詰めて東卍と喧嘩の理由を作った。全部俺のせいにしてな」
思えば83抗争の発端となったのは、林田の友人やその周囲の者たちへの暴行や恫喝だ。
あの時起こっていた全ての事は、稀咲が裏で糸を引いていたというのだ。
「そして俺が刺された後、俺のやり方が気に入らねーって理由つけてマイキーに近付き、パーちんを無罪に出来るって餌で、マイキーに取り入った」
予想以上の事実に、武道だけでなく松野にも驚愕の色が見て取れた。
けれど松野は冷静に、疑問を長内へとぶつける。
「なんで稀咲は、そんなめんどくせぇ事を?」
「83抗争での稀咲の目的は、抗争に乗じてドラケンを殺し…空いた東卍のNo.2の座に座る事だったから」
武道は、耳を疑った。
抗争の発端だけでなく、龍宮寺殺害の計画まで稀咲が絡んでいたなんて。
「俺は稀咲に捨てられた。だがあいつは次の刀を手に入れてる。稀咲の次の刀は半間修二」
「え?半間って、今芭流覇羅の……!?」
「ああ」
ここまで話を聞いて、松野も思わず言葉を失った。
稀咲は、今度は何を考えて動いているのだろうか。
「……そこまで分かってて、なんで稀咲をやっちまわないんスか?長内くん、稀咲にいいように使われただけじゃないっスか!」
「……ただの喧嘩強ぇ奴だったり、ちょっと悪知恵働くぐれーの奴なら俺もやっちまうよ。でも稀咲はもっと……なんていうかやべえんだよ。自分の手汚さずに人を殺す計画を立てるような奴だぞ?」
そんな人間に手を出せば、自分も何をされるか分からない。
だからもう稀咲とは関わりたくないのだと、長内はそう言って、その口を閉ざした。
長内から聞く事が出来た話は、ここまでだった。
帰り道、ずっと黙っていた松野が突然口を開いた。
「これで一つ分かった」
「え?」
「芭流覇羅のトップだ。トップ不在の謎多きチーム、ついた異名が首のない天使……。誰も知らないトップ、それは……稀咲鉄太だ」
「え!?」
「今稀咲は東卍にいる。だから玉座は空席なんだよ!」
松野の言う事に思わず驚きの声を上げたが、長内が言っていたように今の稀咲の刀が半間修二なら、そう考えても違和感はない。
むしろ、そう考える方が自然だ。
けれどこれだけではまだ、稀咲の真の目的は分からない。
なぜ稀咲は東卍に入ったのか、なぜ東卍と芭流覇羅が決闘をするように仕向けたのか。
まだまだ分からない事だらけだった。
武道は手がかりを探す為に現代へと戻り、直人に頼み込んで服役中の龍宮寺を再び訪れた。
「悪いな直人、また無理言って」
「…慣れましたよ。いつもの事です」
直人と共に面会室で待っていると、ガチャッとドアが開き龍宮寺が入ってきた。
「また来たのか、タケミっち」
「何度も押しかけちゃってすみません、ドラケンくん」
「東京から出ろと言ったろ?」
「一つだけ聞きたくて……。2005年当時、総長不明の暴走族、芭流覇羅を覚えてますよね?そのトップは稀咲鉄太なんですか?」
「いや、違う」
龍宮寺は武道の質問に、否定の形で答えた。
予想外の返答に、武道は思わず困惑の声を上げる。
そして龍宮寺は続けて、武道がした質問への回答を告げた。
「芭流覇羅のトップは、マイキーだ」
「……え!?」
「芭流覇羅はマイキーの為に作られたチームだ」
耳を疑うような事実を次々と突きつけられ、武道は困惑していた。
思わず感情的になり、あり得ないと龍宮寺に食い下がる。
「あり得ない?お前も覚えてるだろ?」
龍宮寺のその言葉は、当時武道もその場にいた事を示していた。
「12年前の"血のハロウィン"、東卍は芭流覇羅に乗っ取られ、芭流覇羅を母体とした新生東京卍會ができた。それが今の東卍だ」
「それってもしかして、東卍VS芭流覇羅の決戦の日……?」
「そう。あの日東卍は、初めて負けた」
「え!?東卍が負けるんスか!?無敵のマイキーがいるのに負けるわけ……っ」
武道のその問いに、龍宮寺は視線を落としたまま答えた。
「……いや、マイキーのせいで東卍は負けたんだ」
武道は言葉を無くして、呆然と龍宮寺を見つめた。
「……マイキーくんの……せい……?」
その場にいた直人も、思わず息を呑んだ。
「あの日、なんで俺は気付いてやれなかったんだろう……」
その瞬間、武道の脳裏に浮かんできたのは、全く覚えのない光景だった。
地面に倒れる場地や、髪や顔に返り血を浴びた万次郎の姿。
「マイキーの、まだ15歳のガキの背負った、デッケェ十字架を……」
返り血を浴びながら、何度も羽宮の顔面に拳を打ち付ける万次郎。
龍宮寺の静止の声も聞こえていない様子で、何度も何度も、万次郎は羽宮を殴り続ける。
「あの日マイキーは、一虎を殺した」
龍宮寺から語られる事実はあまりにも衝撃が強くて、武道は思わず呼吸を大きく乱しながら、龍宮寺を見つめていた。
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