【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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2003年8月13日。
あのツーリングから、少し日が経った頃だった。
場地はこの日も、羽宮と一緒にいた。
場地は目的地も分からないまま、ただ羽宮が運転するバイクの後ろに乗せられている。
「なぁ一虎ぁ?どこ行くんだよ?」
「もうすぐマイキーの誕生日じゃん?俺らでプレゼントすんだよ!バブ!」
「でも、バブなんて誰も持ってねぇよ」
「いいからいいから」
羽宮はそう言って愛機を走らせ、そしてある店の前で停車した。
「ここだ」
「ここ?」
「バイク屋」
「バブだ……」
中を覗くと、入り口にいちばん近い場所に、バブが飾られていた。
「コレ、盗んじまおう」
「え!?盗むのはダメだろ!?」
「……それが?」
「そんなんで手に入れたバブ、マイキー喜ばねえよ」
けれど羽宮は表情一つ変えずに、場地に言った。
「バーカ。そんなの言わなきゃいいんだよ。俺ら中坊がバイク乗るには、人の貰うか盗むしかねーだろ?」
羽宮にそう言われ、場地はつい押し黙ってしまった。
羽宮の言う事も、一理ある。
中学生の自分たちがバイクを手に入れられる方法は、限られているのが事実だ。
「マイキーの喜ぶ顔、見てぇだろ?あいつがずっと憧れてるバイクだぜ?」
「そうだけどよぉ」
羽宮にそう言われ、場地はついつい万次郎の喜ぶ顔を想像した。
憧れている男の、心底喜ぶ姿を。
場地は結局羽宮に流され、盗みを働こうとしている羽宮を止める事が出来なかった。
その日の深夜、羽宮と場地は昼と同じバイク店を訪れていた。
顔を隠し、羽宮が言った方法で店内に侵入する。
この時まではまだ、場地の中に引き返さなければという気持ちはあった。
盗みは駄目だ。
こんな方法で手に入れたところで、誰一人喜ばない。
頭では分かっているのに、どうしても場地は羽宮を止める事は出来なかった。
理性が鳴らす最後の警鐘は、ついに置き去りにされてしまった。
とうとう場地と羽宮は、バブが飾られている店内へと侵入する。
店内に入って間近でバブを見た場地の脳裏に浮かんだのは、このバブに乗った万次郎の姿だった。
その瞬間、場地の頭から完全に理性が抜け落ちた。
メンテナンス中であろうそのバブは様々なカスタムがされており、思わず感嘆の声を漏らしてしまう程だ。
きっと万次郎に、とてもよく似合うだろう。
「よし、ワイヤーカッター貸して」
「おう」
二人は持ってきていたワイヤーカッターで、バブを固定しているチェーンを壊しにかかる。
固くて少々手こずったが、無事にそのチェーンを壊す事に成功した。
「よっしゃ!運び出すぞ!」
「シャッター開けてくるから、外出るまでエンジンかけんなよ!」
「オッケー!うまくいきそうだな、一虎!」
「ああ、外で合流だ!マイキーの喜ぶ顔が目に浮かぶぜ!」
理性をなくした今の場地は、ただただ万次郎を喜ばせたいという気持ちでいっぱいだった。
ずっと憧れていたバイクをプレゼントされたら、万次郎は喜ぶに決まっている。
場地も羽宮も、そう信じていた。
けれど──。
「オイ!なんだ?泥棒か?」
店の奥から、武器を持った長身の男が出てきた。
おそらく、この店の店主だろう。
見つかってしまった焦りによって、場地の呼吸がどんどん乱れていく。
まずい、まずい。
早く逃げなきゃ。
今度はそんな考えで、頭がいっぱいになった。
「ん?お前…どっかで見た顔だな?」
けれど、店主らしき男のその一言に、場地は思わず顔を上げる。
場地の目に、その男の顔が映った。
「ケースケか?」
「し……真一郎くん……?なんで……なんでここに……?」
声も体も、震えていた。
どうしてここに、この人がいるのか。
場地の思考回路はもう、正常に動いていなかった。
「あン?ここ俺の店だもん」
その瞬間、場地の心に後悔の気持ちが押し寄せる。
よりによってなんで、この店に盗みに入ってしまったのか。
その時、真一郎の背後にゆらりと人影が見えた。
その人影は、シャッターを開く為に外に出た、羽宮だった。
羽宮は真一郎の背後から走って来ると、その手に持っていたワイヤーカッターを振り上げる。
「やめろ一虎ぁあ!」
場地は咄嗟に叫んだが、もう遅かった。
鈍器が頭を打つ鈍い音が響いて、真一郎の身体は、まるで人形のように床に崩れ落ちた。
場地は倒れた真一郎に慌てて駆け寄り、何度も真一郎の名前を呼んだ。
「何やってんだよ一虎!」
「しょうがねぇだろ、見られたんだからよぉ!」
「違ぇよ!そういう事じゃねぇんだよ!真一郎くんは……マイキーの兄貴なんだよ!」
その事実を聞いた羽宮の口から、え?という困惑の声が小さく漏れた。
必死に真一郎を呼ぶ場地を、羽宮は呆然と見ていた。
けれど羽宮は、少しずつ事態の深刻さを飲み込んでいく。
自分たちが盗もうとしていたバイクは万次郎の兄のもので、万次郎の兄である真一郎は今、頭から血を流して床に倒れている。
「マイキーの…兄…貴……?」
「どうしよう…一虎ぁ……。真一郎くん息してねぇよ」
場地の目から涙が溢れ、視界が奪われていく。
呼吸がうまく出来なくて、息苦しさが増していく。
それでも場地は救急車を呼ぼうと、震える体に鞭を打って立ち上がった。
「救急車呼んで逃げよう!一虎!」
「マイキーの為に、やったのに……なんで……」
けれど追い詰められた羽宮は気が動転しており、場地の声は全く聞こえていない様子だった。
ガクガクと震えながら、目の前の出来事を逃避しているような言葉を、何度も口にしている。
そうしているうちに外から聞こえてきたのは、パトカーのサイレンだった。
きっと真一郎が、事前に警察を呼んでいたのだろう。
「やべぇサツだ!とりあえず逃げるぞ一虎!」
「全部マイキーのせいだ……だから……」
「一虎……?」
「マイキーを、殺さないと」
その時の羽宮の表情に、場地は恐怖を覚えた。
結局二人は逃げる事が出来ず、駆け付けた警察官に取り押さえられた。
「場地!」
連行される途中、耳によく馴染んだ声が、場地を呼んだ。
場地がゆっくりと振り向くと、そこに立っていたのは万次郎と志織だった。
万次郎の顔を見た瞬間、場地の目から涙が溢れる。
「どうした?何があった?」
「ごめんっ……」
万次郎の問いに、場地は答えられなかった。
この事がきっかけで、万次郎と場地と羽宮は決別する事となってしまった。
▼
以前、万次郎がしてくれた兄の話を、武道は思い出していた。
万次郎の兄が亡くなった原因がまさかこの二人だったとは、思いもよらない事実だ。
「一虎が庇ってくれたから、俺は年少に入らずに済んだ。俺は一虎が出所するのを待ってたんだ」
それを聞いて、武道は絶望した。
元々場地が羽宮側の人間なのであれば、きっと勢いで東卍を脱退したわけではない。
それなら連れ戻すなんて、そもそも無理な話だ。
「いいね場地。そういう事ならまじで大歓迎だ。ホレ、これが芭流覇羅のトップクだ」
半間が場地に芭流覇羅の特攻服を渡すと、場地は早々に東卍の特攻服を脱ぎ捨て、芭流覇羅の特攻服に袖を通した。
「花垣!マイキーに伝えろ!」
「1週間後の10月31日、廃車場にて芭流覇羅VS東卍。決戦だ」
それだけ聞かされると、武道は羽宮から解放された。
万次郎から期限付きの条件として出されていた場地の奪還は、どうしても難しそうだ。
しかも猶予は、あと一週間しかない。
八方塞がりなこの状況に、武道は床についても眠れず、気付いたら朝日が登っていた。
寝不足のまま登校の準備をし、家を出る。
ふらつく体をなんとか動かしながら学校へと向かう途中、公園を通りかかったところで誰かに声をかけられた。
こっちに来いというその人は、顔中傷だらけ、目には眼帯をして額には包帯を巻いた、いかにも怪しい見た目をした人物だった。
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