【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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2003年、夏。
羽宮と場地は万次郎に呼び出され、ある喫茶店を訪れた。
「わりぃ遅れた。場地がチンピラに絡んでよー」
「てめー、俺だけのせいにすんじゃねぇよ」
そんな二人を余所に、林田はあるものを見て感嘆の声を上げた。
羽宮と場地も林田のその声につられ、テーブルの上に置かれたそれを一緒に覗き込む。
「なになに」
「お!スゲ!東卍のトップクが出来てる!すげぇな三ツ谷!」
テーブルに置かれていたのは、万次郎を総長として旗揚げする予定である、東京卍會の特攻服だった。
新品の特攻服は、なんだかとても輝いて見えた。
「すげぇな、じゃねぇよ。何でも俺に押し付けやがって」
特攻服の制作を全て任されていた三ツ谷は不満そうな表情を浮かべていたが、皆どこか浮き足だったような様子だった。
龍宮寺は楽しそうに笑って、記念写真の撮影を提案した。
「早速着替えて記念写真撮ろうぜ!なぁ?マイキー!」
「ん?」
「てめー何俺のチョコパ全部食ってんだよ!?」
「あっ気づいたら」
「一口だけって言ったじゃねぇか!」
そんな一悶着がありながらも、万次郎たち6人は完成したばかりの特攻服に身を包み、外へと繰り出した。
そして渋谷のど真ん中で、記念写真を撮影した。
写真に映った6人は、どこか希望に満ち溢れたような、そんな表情をしていた。
けれどこの時は、知る由もなかった。
まさかあんな事件が起きるなんて、誰も夢にも思わなかった。
発端となったのは、6人で出掛けたツーリングだった。
「海だぁ!」
「やべーきもちいー!」
「潮風サイコー!」
「おい、もっと飛ばせや!」
「しょうがねぇだろ!?あいつが遅せぇから!」
それぞれが自慢の愛機に跨がり海沿いの道を走るその後ろで、万次郎は原付きバイクを気ままに走らせていた。
「マイキーよー。いつまで原チャ乗ってんだよ?総長だぜ?いい加減単車に替えろや」
「いいんだよ、俺の愛車バカにしてんの?バブの50ccモデル"ホーク丸"だ!」
万次郎は自慢気に言うが、龍宮寺は少し呆れたような表情を浮かべている。
「バブにしか乗りたくねぇって言うけどよ、譲ってくれる先輩いねぇししょうがなくね?」
「だから今日は大人しく、志織と留守番してろって言ったのによー」
「志織は今日、エマと出掛けてるからいねーもん」
「だからって、原チャでこんな遠出してくんなよ!」
そんな言い合いをしていると、煽るような声とバイクのエンジン音が、万次郎たちへ近づいてきた。
「オイオイまじか!特攻服着て原チャ転がしてるチビっ子がいんぞ!?」
「どこのシマで流してんだゴラぁ」
「ガキのママゴトなら地元でやってろや!ハマに来んな!」
そしてその内の一人はバイクを降りると、バッドを手に万次郎たちへ近付いてきた。
「せっかく出会ったんだからよー、その原チャブッ壊してやるよ!いらねーだろ!」
「俺のホーク丸に指一本でも触れたら、殺すよ?」
万次郎は穏やかな様子でそう言ったが、目は笑っていなかった。
そんな万次郎に気圧され、絡んできたその男はあっという間に踵を返した。
「……まぁええわ」
「次ハマで流してんの見かけたら、単車も全部燃やしちゃうかんなー」
「お勉強しとけ!」
そしてさっさとバイクに跨がると、威勢の良い言葉を残してその場を去っていった。
「どうするよ?やっちまう?」
「いーね!10人くらいなら瞬殺だろ?」
「やめとけ、もう行っちまった」
「俺はバカだからどっちでもいーぞ」
「……全部、原チャ乗ってるマイキーが悪い」
龍宮寺がそう言うと、万次郎以外の4人は楽しそうな笑い声を上げながら同意していた。
万次郎は、不服そうにしていたけれど。
「みんなヌルいんだよなー、あんな奴らやっちまいやいいのに」
「だよなー」
「マイキーも、ドラケンとつるんでから大分丸くなったよ」
「ハハ、俺なら問答無用でタコ殴りだよ」
そんな会話をしながらツーリングを楽しんでいると、万次郎が乗るホーク丸が突然、プスプスと音を立てながら減速する。
どうやらガス欠で、エンジンが止まってしまったようだった。
それを聞いた面々は万次郎に不満の声をぶつけるが、当の本人は真剣な表情で言った。
「あれ?これは一大事だなー!これは東卍の一大事だ!」
「は?」
「いやいやいや、それはマイキー1人の…」
「俺1人の問題じゃねー!つまりガソスタに行く奴は……」
万次郎のこの言葉に、5人は思わず顔をひきつらせた。
「ジャンケンで決めよう!」
「やっぱり!」
あまりにも理不尽すぎる万次郎の言い分だが、その傍若無人っぷりは止まらなかった。
6人は本当にジャンケンを行って負けた場地に、万次郎はガス欠になったホーク丸を押し付けた。
ジリジリと太陽の光が照らす中、場地はブツブツと文句を言いながら動かなくなったホーク丸を押して歩いていた。
他の5人は既に海に到着し、夏のビーチを思う存分楽しんでいるというのに。
「あっれぇぇぇ!?またさっきのダサ坊じゃん!?」
「まさかガス欠!?」
「一人ぃー?」
「次見かけたら燃やすって言ったよねー!?」
一人でホーク丸を運ぶ場地に声をかけたのは、先程絡んできた不良たちだ。
不良たちは場地が一人でいるからか、先程より強気になっているように見える。
相手の方が圧倒的に数が多く、武器まで持っているという不利な状況ではあったが、場地はそれでも懸命に万次郎のホーク丸を守り続けた。
「てめぇら、マイキーの愛車に手出したら殺すゾ!」
「そんなにその原チャが大事なん?ブッ壊しちまえ!!」
「おいっ」
バットを持った男が場地とホーク丸に襲いかかろうとした瞬間、後ろから声がした。
それは先に海に行っていたはずの万次郎で、場地は思わずその目を丸くする。
万次郎は場地の元までツカツカと歩いてくると、何の躊躇いもなくホーク丸を蹴り飛ばした。
万次郎のその行動には、場地も不良たちも驚きを隠せない様子だ。
「てめぇら、何…俺の大事なモン傷付けてんだ!」
万次郎は男たちがいる方へ歩みを進め、いちばん前に立っていた男に蹴りを叩き込んだ。
そして少し眉根を下げたような表情で場地を見て、万次郎は言った。
「場地、怪我平気か?あんなモンの為に体張らして、ごめんな」
「マイキー……」
そんな万次郎を見て、場地は自分の心に何か熱いものが込み上げてくるのを感じた。
「立てるだろ?場地。こいつら全員、皆殺しだ!」
そして万次郎と場地は、たった2人で目の前にいる不良たちと戦った。
やっぱり佐野万次郎は最高にかっこいい男だと、その時の場地は思った。
この時の万次郎の勇姿は、場地の心に深く刻み込まれた。
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