【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
羽宮に連れられて武道がやって来たのは、今はもう営業していない、寂れたゲームセンターだった。
芭流覇羅は、ここをアジトにしているようだ。
入り口の壁には、首のない天使の絵が描かれている。
それを見て、芭流覇羅が"首のない天使"と呼ばれているのだと話していた、山岸の言葉を思い出した。
中へ入ると、見るからにガラの悪い男たちがそこら中にいて、武道を睨み付けるようにこちらを見ている。
東卍とは明らかに違った空気を感じた武道は、思わず息を呑んだ。
妙な緊張感に包まれた室内で、武道は何の為に連れてこられたのかと、羽宮の顔を盗み見る。
するとその瞬間、どこからかゴッゴッという何かを打ち付けるような音が、鈍く響いている事に武道は気付いた。
これは一体、何の音だろうか。
武道は音の正体を探ろうと、キョロキョロと視線をさ迷わせる。
その音は部屋の中心に出来た、人だかりの中から聞こえてきているようだ。
人と人の隙間から人だかりの中を見てみると、その目に映った光景に、武道は思わず自身の目を疑った。
武道の目に映ったもの、それは、場地が東卍の特攻服を着た金髪の男に馬乗りになり、その顔面を何度も何度も殴り付けている光景だった。
「一虎くん……何やってんスか、これ」
「何って、"踏み絵"だよ」
「踏み絵…?」
「場地の信仰を試してんだよ。東卍から芭流覇羅に宗旨替えするなら、それなりの覚悟が必要だろ。今場地が殴ってんのは東卍の壱番隊副隊長、場地の一番の腹心だ」
「壱番隊の副隊長!?」
「東卍は芭流覇羅の敵。神であるマイキーを裏切るなら、信じる絵を踏まねぇとなぁ」
武道は、目の前の光景が信じられなかった。
呼吸が乱れ、指先が微かに震えている。
場地に何度も殴られた壱番隊の副隊長は、顔中が血で真っ赤に染まっていた。
これはもう、半殺しと言っていいレベルだ。
「どうよ。これで認めるだろ?半間クン。俺の芭流覇羅入り」
場地はゆらりと立ち上がって、半間へ問いかけた。
半間は顔を上げて不敵な笑みを浮かべると、立ち上がって羽宮を呼んだ。
「一虎ぁ!」
「はーい」
「用意できた?」
「うん。こいつが東卍の新メンバー、花垣武道」
嫌な予感が、武道の脳裏に過る。
次の踏み絵は、自分なのではないかと。
けれど武道がここへ連れて来られたのは、別の目的だった。
「これより"証人喚問"を始める!」
半間は両手を広げ、そう宣言した。
羽宮が武道をここへ連れてきた目的は、この証人喚問が関係しているようだ。
武道はまるで本物の裁判のように、証言台を模した場所に立たされた。
「東卍の創設メンバーで、壱番隊の隊長場地圭介!こいつが東卍を捨てて芭流覇羅に入りたいと言っている!」
半間の言葉に、その場にいた芭流覇羅のメンバーたちはざわついた。
「これはドでけぇ案件だ!場地の入隊は"東卍潰し"の大きな戦力になる。だがその前に一つ疑問がある。こいつは東卍のスパイかもしれねえ。そこで、一虎に証人を用意してもらった」
半間はそう言うと、武道の名前を呼び、問いかけた。
「ここにいる場地は東卍の集会で、みんなの前で何を話した?」
「……えっと、芭流覇羅に行く、東卍は敵だって、そう言ってました」
半間に問いかけられた武道は、昨夜の出来事を正直に話した。
けれど半間は何も言わず、黙ったまま武道を見つめている。
「一虎ぁ、どう思う?」
「踏み絵に証人喚問。もういいんじゃないんスか?場地は戦力としても使えるし、年少行ってて俺がいない間の東卍にも詳しい」
羽宮の言葉に、武道は違和感を覚えた。
俺がいない間、というのはどういう意味だろうか。
「場地はスパイだったとしても、芭流覇羅に入れるだけの価値はありますよ」
羽宮は半間へそう伝えると、今度は場地を真っ直ぐ見て再び口を開いた。
「いいんだな?場地。俺たちは東卍を潰す。そして、マイキーを殺す」
その時の羽宮は、強い憎悪を表情に滲ませていた。
まるで、本気で万次郎を恨んでいるような、そんな様子が見て取れた。
「ああ、力を貸すよ一虎」
万次郎を殺すと言った羽宮に、場地は力を貸すと言って頭を下げた。
武道の目に、驚愕の色が滲む。
「よーし、本日をもって場地圭介を芭流覇羅のメンバーとする!」
半間が声高にそう宣言すると、黙ってその様子を見ていた芭流覇羅のメンバーたちが大きな歓声を上げた。
その光景を見て、武道の頬を冷や汗が伝う。
心の中は、焦りでいっぱいだった。
場地を連れ戻すと万次郎と約束したにも関わらず、連れ戻すどころか場地が芭流覇羅へ入る手助けをしてしまった。
場地の芭流覇羅入りが正式に決まっては、引き戻すなんて到底無理な話だ。
どうにか、どうにかしなければ。
震える拳を握り締め、武道は声を張り上げて場地へ問いかけた。
「ちょっと待って下さい!場地くんはマイキーくんたちと東卍を創ったメンバーなんスよね!?なんで裏切れるんスか!?」
そんな武道の必死の呼び掛けにも、場地は表情を一切変えず、淡々と答えた。
「東卍の創設メンバーだから、東卍を裏切らない?冗談言うなよ。一虎も創設メンバーの一人だぜ?」
その事実に、武道は思わず言葉を失った。
そしてその瞬間、昨夜神社で拾ったあの写真の事を思い出した。
写真に映っていた、6人目の人物。
あれこそが今目の前にいる、羽宮一虎だったのだ。
「一虎は東卍を恨んでるんだよ。忘れもしねぇ。2003年の、中1の夏だ。俺たちははしゃいでた。夏真っ只中なのに、少し肌寒い日だった」
場地は少し視線を落とし、口を閉ざした。
そして再びその口を開いた場地は、羽宮が東卍を恨む理由を、二年前の夏に起きた事を淡々と話し始めた。
.