【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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手を繋いだまま、二人は最後の一輪まで、夜空に打ち上げられる花火を見つめていた。
最後は一際大きな花火が打ち上がって、志織は満足気な表情を浮かべながら、その散り行く花を見届ける。
目の前の夜空が再び濃紺に包まれると、志織は深くゆっくりと息を吐いて、その余韻に浸った。
「……終わっちゃったね」
「うん」
二人の間を、心地の良い沈黙が流れる。
愛する人と並んで見上げる花火は一段と輝いて見えて、志織の心をじんわりと温めるように、満たしていった。
「なんか、あんなに綺麗な花火見たら寝れなくなっちゃうな」
「じゃあどっか行く?」
「えー、せっかくお風呂入ったのに?」
「帰ったらまた入ればいいじゃん。なんなら一緒に入る?」
「万次郎と入ると長くなるから、嫌」
「えー」
「えーじゃない」
志織の言葉に唇を尖らせながらも、万次郎は自室に置いてある愛機の鍵を持って出て来た。
「本当に出掛けるの?」
「うん、ドライブしよ」
鍵を人差し指に引っ掛けてくるくると回しながら、愛機の方へと歩いていく万次郎の後を、志織は仕方ないなあと呟きながらついて行った。
万次郎は志織にヘルメットを被せると、愛機のバブに跨がった。
「よし、ちゃんと掴まってろよー」
「はーい」
志織が自身の腰にしっかりと腕を巻き付けたのを確認すると、万次郎はエンジンをかけてバブを走らせた。
スピードが出てくると気持ちの良い風が頬を滑っていくので、暑さはそこまで気にならない。
「万次郎!どこ行くのー?」
「いつもんとこ!」
万次郎が向かっていたのは、万次郎と志織の秘密の場所だった。
万次郎がバイクに乗るようになって少し経った頃、今日のように二人でドライブをしている時に見つけたのだ。
廃寺になったと思われるそこは、ほとんど人が寄り付く事もない。
だからとても静かで、まるでこの世界に二人きりになったようにさえ思える、特別な場所だった。
ここを見つけてから、二人はこうして何度もこの場所を訪れている。
数十分程愛車を走らせ目的地に到着すると、二人はバブから降りて、古くなった境内に並んで腰を下ろした。
目の前に広がるキラキラとした街並みは、いつ見ても絶景である。
「やっぱり、ここからの景色いいなあ」
「お前、花火とか夜景とかそういうの好きだよな」
「うん、好き」
志織はそう言うと、すぐ隣に座る万次郎の肩に寄り添うようにして、自身の頭を凭れさせた。
「あ、そういえば今日、タケミっちとヒナちゃんに会ったよ」
「いつ?」
「万次郎の家に行く前。二人もデートしてたんだって」
「そっか」
「万次郎、タケミっちの事すごい気に入ってるよね」
「うん。なんかシンイチローに似てるじゃんアイツ。志織もそう思うだろ?」
万次郎はそう言うと、頭上に広がる夜空を見上げる。
その表情が少し寂しげに見えて、志織は胸の奥がチリッと痛んだような気がした。
「……確かに、ちょっと似てるね」
志織は万次郎の左手を、両手で優しく包み込むように握った。
「あったけー、お前の手」
「そう?」
「うん。なんかすげえ落ち着く」
「万次郎が落ち着ける場所になれてるなら、良かったよ」
「うん、だから絶対離れんなよ。まあお前は俺のだから離す気ないけど」
「私が万次郎から離れる訳ないでしょ」
そう言って、志織は飛びきりの笑顔を、万次郎に見せる。
志織の笑顔につられた万次郎も笑みを溢しながら、右手で志織の頬をきゅっと軽くつまんで引っ張った。
「へ、万次郎?いひゃい」
「ハハ、可愛い」
万次郎は不意に、志織の唇を一瞬だけ塞いだ。
突然の事に、志織の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「真っ赤じゃん。キスなんて何回もしてるんだから、いい加減慣れろよ」
「ふ、不意打ちされたら誰だってこうなるって!」
「可愛いね、すげー真っ赤で」
「面白がってるでしょ!」
「んー?」
いつまで経っても初々しい反応を示す志織に、万次郎はケラケラと笑い声を上げる。
誰の邪魔も入らない二人きりの空間で、万次郎と志織はたくさん笑い合った。
もうすぐ日付が変わりそうな時間になっていたけれど、二人はそれにも気付かず、いつまでも楽しそうな笑顔を浮かべていた。
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