【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
月の光が優しく降り注ぐ中、万次郎が武道に語ったのは、とある幼なじみの事だった。
幼い日の出来事を懐かしむように、万次郎はゆったりとした口調で話し始める。
「ただ家が近所ってだけで、別に仲良くはなかった。しょっちゅう喧嘩ふっかけて来てさ。その度ボコボコにしてやった」
「マイキーくんに何度もケンカ売るなんて…とんだおバカさん」
「うん。それがさっき、お前の事殴った奴」
「……二人に殴られたんスけど…どっちスか?」
「壱番隊隊長、場地圭介。なに考えてっかわかんねーだろ?アイツ」
「はい…なんで殴られたのかも分かんないッス」
武道がそう言うと、万次郎は楽しそうに笑った。
「昔っからそーなんだよ。眠いってだけですれ違った奴殴るし、腹減ったら車にガソリン撒いて火ぃつけちゃうし」
「へ…へー」
どう考えても"分からない"のレベルを遥かに越えているが、武道はその言葉を飲み込んで相槌を打った。
「とにかく、あんな奴でさ…。東卍の創設メンバーなんだ」
「創設…メンバー…」
「東卍はさ、中1の時、俺とドラケン、三ツ谷、パーちん、場地……」
万次郎はそこまで言うと、突然口を閉ざして押し黙った。
「…その5人で?」
不思議に思った武道が問いかけると、万次郎は少し間を置いて武道に視線を向けながら、ああと答えた。
「コイツらが集まって旗揚げしたチームなんだ。タケミっち、場地を芭流覇羅から連れ戻してくれ。俺、アイツの事大好きなんだ」
そう言って見せた万次郎の表情は、無敵のマイキーとしての顔でも、東卍という大きなチームの総長としての顔でもなかった。
ただ幼なじみを心配する、中学三年生の男の子の表情だった。
初めて見る万次郎のそんな表情に、武道は少しだけ驚いた。
「頼まれてくれるか?」
「ハイ!マイキーくんの頼みならもちろん!」
武道は、万次郎の頼みを快く引き受けた。
「でも……一個だけ、俺からも頼み事していいっすか?」
「ん?何?」
武道は神妙な面持ちを浮かべながら、口を開いた。
「……稀咲を、稀咲を東卍から外してください!」
武道がそう言うと、万次郎が纏う空気が一瞬にして変わった。
鋭い視線が、武道に向けられる。
「あ?」
武道は怯みそうになる気持ちを抑えながら、万次郎に食い下がった。
「なんであんな奴東卍に入れたんスか!?理由は説明できないんスけど、あいつはヤバイんです!あいつは…稀咲は…この先絶対東卍をダメにしますよ!」
どう説明しても、万次郎にはきっと伝わりはしないだろう。
あの残酷な未来を知っているのは、武道だけなのだから。
けれど、そんな武道の心境とは裏腹に、万次郎はあっさりと武道の要求を受け入れた。
「いいよ」
「……え!?いいの!?」
「近いうちに芭流覇羅とぶつかる。それまでにお前が場地を連れ戻せ。お前が稀咲より役に立つ奴だと証明しろ」
万次郎のその言葉に、武道は思わず固唾を呑んだ。
万次郎が武道に出した条件は、簡単にクリア出来るものではない。
けれどここで引いたら、稀咲は東卍に居続ける事になる。
そうなれば、いずれまたあの残酷な未来に辿り着いてしまうのだ。
「稀咲がやべー奴なのは俺も分かってる。同時に稀咲の力も認めてる。東卍のこの先に稀咲の力は必要だ。俺に貢献しろタケミっち。俺に交換条件を出したんだ、失敗したら──」
──殺す。
万次郎の黒い瞳が、武道を容赦なく射抜く。
そのあまりの迫力に肌が震え、武道は声を出す事すらままならなかった。
万次郎に交換条件を出した時点で、武道には引く選択肢なんて、残されていなかったのだ。
武道は芭流覇羅との決戦までに、なんとしても場地を連れ戻さなければならなくなった。
「三ツ谷!」
冷や汗を額に滲ませる武道を他所に、万次郎は突然振り向き、ここにいるはずのない人物の名前を呼んだ。
武道は驚いて、思わず顔を上げる。
「さっきから何盗み聞きしてんだ?出てこい、お前の銀髪がチラチラ見えてんだよ」
万次郎が視線を向けた先にある木の影から、三ツ谷がひょっこりと顔を出した。
「いやーバレたかー。ちょっとトイレ探してたら話し声が聞こえて」
「三ツ谷くん…」
「そうだ、丁度いいや。三ツ谷、お前のとこにタケミっち入れる事にしたから」
万次郎はニッコリと笑って、三ツ谷へそう告げる。
その言葉に武道も三ツ谷も、驚愕の声を上げた。
「「え!?」」
「タケミっち、今日から正式に東卍のメンバーだ。ヨロシクな!」
まるで思いつきのような万次郎の提案に、どうして盗み聞きなんてしてしまったのだろうと、三ツ谷は自身の今回の行動を後悔する事となった。
「じゃあ俺帰るな。志織が家で待ってっから」
先程とは打って変わり、万次郎は甘い笑顔を浮かべてそう言うと、ヒラヒラと手を振りながら神社を後にした。
「お、お疲れ様っした!」
志織さんの事になると相変わらずだなと、武道は顔を綻ばせながら、去っていく万次郎の背中を見つめていた。
.