【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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その日は休日だったが、皆それぞれの用事で出掛けていて、佐野家には志織が一人だけだった。
万次郎たちの祖父は町内会の集まり、エマは日向と買い物、万次郎が東卍メンバーたちと一緒に走りに行っていた。
万次郎には一緒に行くかと誘われたが、何となくのんびりと過ごしたい気分だった志織は、その誘いを断った。
きっと万次郎も男友達だけで過ごす時間が欲しいだろうと考えたのも、誘いを断った理由の一つである。
志織が誘いを断った事に、万次郎は少々不満そうな表情を見せていたけれど、後日デートの約束を取り付けた事で満足したのか嬉しそうな顔で出掛けて行った。
そんな訳で家主がいなくなった佐野家で、志織は一人穏やかな時間を過ごしていた。
万次郎の匂いがするベッドに横になりながら一息付こうと雑誌を読み始めて数十分、志織はいつの間にか眠りに落ちていた。
きっと、万次郎の香りに包まれていた事で安心したのだろう。
万次郎が愛用しているくたくたの毛布をその腕に抱き締めたまま、志織は一時間程眠っていた。
ふと目を覚ました時には既に日も落ちかけていて、志織は大分深い眠りに落ちていた事を、まだ覚醒しきらない頭で自覚する。
こんなに眠ってしまっては、今日の夜は寝付けないかもしれない。
志織は身体をベッドに沈ませたまま、ぼんやりと天井を見つめた。
母屋の方も静かで、まだ誰も帰宅していないようだ。
けれど時期に皆が帰ってくるだろうから、そろそろ夕食の準備を始めておかなければ。
今日は何を作ろうかと、冷蔵庫に入っている材料を思い浮かべながら、メニューを考えていく。
そういえば、先日エマが安かったからと大量に買ってきた挽き肉がまだ冷凍庫にあったはずだ。
それを使って、ハンバーグなんて良いかもしれない。
材料もほぼ揃っているし、残り少なくなっていた牛乳だけ、近所のスーパーで買い足せば良いだろう。
そこまで考えて、志織はベッドに沈ませたままだった身体を起こし、財布と鍵を持って外へ出る。
ひんやりとした風が志織の頬を撫でていき、志織はその肌寒さに少しばかり身体を震わせた。
肌を刺す冷たい風に、気付けば10月も半ばを過ぎている事を実感する。
これからは日が経つにつれて、寒さも厳しさを増すだろう。
寒さが苦手な志織はこれから訪れる厳しい寒さにうんざりしながら、志織はスーパーへ足早に向かった。
▼
無事に牛乳を購入した志織は、牛乳の入ったレジ袋をぶら下げながら来た道を戻っていく。
相変わらず外は冷たい風が時折吹いていて、志織は思わず目を細めた。
冷蔵庫に入っていた野菜でサラダを作ろうと思っていたが、野菜をたっぷり入れたスープに変更しても良いかもしれない。
そんな事を考えながら見慣れた道を歩いていると、よく見知った人物とすれ違った。
喉の奥で、ヒュッと音が鳴ったような気がした。
その人物は志織に目もくれず、志織の横を通りすぎていった。
志織に気付いていないのか、それとも気付いていて敢えてそうしたのかは分からない。
けれど志織は足を止めて振り返り、その人物の名前を口にした。
「場地……?」
名前を呼ばれたその人──場地圭介は、その場にピタリと立ち止まり、一つに束ねた長い黒髪を風に揺らしながらゆっくりと振り返った。
「場地」
もう一度、名前を呼ぶ。
けれど、次の言葉が出てこない。
「何か用か?志織」
「……」
「用がねぇなら行くぞ」
踵を返して歩き出そうとする場地の背中に、志織は咄嗟に声をかけた。
「なんで!……なんで内輪揉めなんてしたの?」
突然こんな事を言われても場地は困るかもしれないけれど、それ以外に場地を引き留める言葉なんて、志織には思い付かなかった。
「……お前には関係ねぇよ」
「そうかもしれないけど、でもさ、何かあったのかって心配するよ」
志織がそう言うと場地はふぅと息を小さく吐き出して、下げていた視線を志織へ向けた。
「マイキーとは、相変わらずか?」
「え、うん……?」
「一緒に住んでんの?」
「まあ、そういう事になるかな」
「そっか。ほんと、ガキの頃からお前らはいつも一緒だよな」
場地はそう言って、フッと笑みを溢した。
「場地……?」
「じゃあな。マイキーと仲良くやれよ」
場地はそれだけ言うと、今度こそ歩き出した。
「ちょっと待って、場地!」
「早く帰れよ。マイキー心配するぞ」
まるで志織の言葉を阻むように、場地はそう言った。
そして場地は前を向いて歩き続けながら、志織へヒラヒラと手を振り、その場を去っていった。
それ以上口を開くなと言わんばかりの重圧を場地から感じた志織は、声を掛ける事も引き留める事も出来ず、ただその場に立ち尽くしていた。
この時、その重圧を押し退けて強引にでも場地を引き留めていたら、何か変わっただろうか。
もっと必死に言葉をかけていたら、違う形の未来があったのだろうか。
答えのない問いかけを幾度となく繰り返しても、もう遅い。
知らぬ間に回り始めた残酷な歯車は、大切なものを次々と巻き込みながら回っていく。
一度回り始めた歯車は、きっともう止められない。
後悔は、終わらない。
志織を待つ運命はもう、決まっている。
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