【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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武道が駐車場へ辿り着いた時には、黒のワンボックスカーが物凄いスピードで日向の乗る車に突っ込んでいくところだった。
中にいた日向も異変に気付いたようだったが、ヘッドライトが激しく照らしているせいで状況を掴む事が難しかった。
「ヒナ!」
武道がそう叫んだのとほぼ同時に、黒のワンボックスカーがズドンという鈍い音がを立てながら、日向の乗る車を押し潰した。
目の前の信じ難い光景に、呼吸は荒くなり、心臓が早鐘を打つ。
「ヒナぁぁあ!!!」
武道は最愛の人の名前を叫びながら走り出した。
一刻も早く、日向を助け出さなくては。
武道はその一心だった。
けれど──。
「タケミチ……?」
黒のワンボックスカーの中から聞こえる、絞り出したようなか細い声に呼ばれ、武道はその足を止めた。
「なんで、お前が乗ってねえんだ?」
「嘘だ……」
武道は、自分の目を疑った。
そこにいたのが、夢を叶えて幸せに暮らしているはずの千堂だったから。
「なんでここに……!?」
「"いつからこうなっちまったんだろう。俺は今や稀咲の兵隊だ。東卍の奴らはみんな稀咲の言いなり"」
千堂のその言葉は、ビルの屋上から身を投げた時の千堂と全く同じ言葉だった。
「なんでアッくんがヒナを……!?美容師だろ!?東卍なんて関係ねぇはずじゃん!」
「"怖ぇんだよ。ただひたすら稀咲が"」
「やめろよ」
「"みんなを助けてくれ。泣き虫のヒーロー"」
武道は目に涙を浮かべながら、力の限り叫んだ。
「やめろよ!!前にも聞いたよ!!同じじゃん!何も変わってねえじゃん!変わったハズだろ!?」
その時、壊れた車の部品から散った火花がガソリンに引火し、大きな爆発が起きた。
その爆風で武道の体は吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる。
燃え盛る炎を呆然と見つめる武道だったが、すぐに思い直して日向を助けに走った。
日向が乗っている車には、まだ炎は回っていない。
今ならまだ、間に合う。
「待ってろ!絶対ェ出してやるから!!」
武道は必死に助手席の窓を割り、そこから中へ手を伸ばした。
「火が回ってくる!早くここから出るぞ!」
「……タケミチくん」
「ヒナ!喋ってる暇ないんだ!こっちも爆発しちまう!」
「ありがとう」
「そんなの後でいいから!早く!!」
「無理だよ……」
「え?」
「足の感覚が、もうないの」
途切れ途切れの言葉で伝えられた事実に、武道の目が涙で濡れた。
どうして、こんな事になってしまったのだろう。
せっかくまた、最愛の人に会えたのに。
想いを伝えようと、決心したばかりだったのに。
武道は割れた窓に身体を滑り込ませ、日向をぎゅっと抱き締めた。
「え?」
「この先も昔も、ずっとずっと……愛してるっ!」
武道の言葉を聞いた瞬間、日向は涙を浮かべながら嬉しいと笑った。
きっとそれは、日向がこの12年間で、いちばん聞きたかった言葉だったのだろう。
日向の目は、とても輝いていた。
このまま一緒にいられたら良いのに、けれどもう、時間がない。
「……もう行って?」
「ヤダ」
「……お願い。大事な人にまで、死んで欲しくないの」
「ヤダ……」
日向は最後の力を振り絞って、武道の身体を窓の外へと突き飛ばした。
武道はそのまま車の外へ追い出され、地面に尻餅を付く。
上げた視線の先にいた日向は涙を浮かべながらも、優しく微笑んでいた。
次の瞬間、再び爆発が起こり、武道の身体はまた爆風に吹き飛ばされた。
今度は日向の乗っていた車も炎に包まれ、ゴォオオと凄まじい音を立てながら激しく燃えている。
武道の悲痛な叫びが、轟音に交じって木霊した。
そして、武道は燃え盛る炎を見つめながら言った。
「絶っ対ェ助けるから!!何度失敗しても何度でも何度でも!君が助かる未来に辿り着くまで絶っ対ェ折れねえから!」
この時、武道は心に固く誓っていた。
「俺が、東卍のトップになる……!」
この世で最も愛する人を、救う為に。
▼
あの事件から数日が過ぎたこの日、武道は日向の葬儀に訪れていた。
「花垣武道くん……?」
名前を呼ばれて振り向くと、そこに立っていたのは日向の母だった。
日向の母は頭を下げる武道に、布に包まれた何かを差し出した。
武道がそれを受け取って布を開くと、そこには日向が最期までつけていた四つ葉のクローバーのネックレスだった。
「コレ……」
「…お気に入りだったみたい。いつも大事そうに身に付けてたのよあの子。貴方のプレゼントしたものなんでしょう?」
「ヒナ……」
「あの子は、貴方の事が大好きだったのね……」
日向の母の言葉を聞くたびに、涙が溢れて止まらなかった。
その後、日向の母と別れた武道は直人と共にいた。
直人は項垂れた様子で、ベンチに腰をかけていた。
「千堂敦について調べました。今回の彼は…結婚して子供もいました」
「え?アッくんが!?……なんで家族がいるのにこんな事を?」
「家族は現在、行方不明です」
「え!?」
「おそらく家族をダシに脅されていたんでしょう。千堂は死ぬ間際に何か言ってませんでしたか?」
「ああ…また同じ…"東卍の言いなり"だって」
その話をして、武道は何故かあの日あの場所にいた半間の事を思い出していた。
今回の事には、半間が関係しているのだろうか。
「結局、僕らは何も変えられなかった訳ですね。何をやっても無駄。結局何も変えられない」
「それは違うぞナオト。ドラケンくんを救っても何も変わらなかったのは、それが原因で東卍が巨悪化した訳じゃないって事だ。ヒナが目の前で死んだ時、燃え上がる炎を見ながら一つ分かったんだ。元を正さなきゃ駄目だって事が!」
「……元を?」
「東卍を潰す!その為に、俺が過去の東卍のトップになる!」
真っ直ぐな目をしてそう言った武道を、直人は目を丸くして見つめた。
そして額に手を当て、小さく笑いを漏らしながら言った。
「ハハ、何を言い出すかと思えば」
「本気だぞ」
「そんな無茶な話…」
「無茶でいい!ヒナを救えるなら、どんな無茶でもする!」
武道の目から溢れ落ちる涙を見て、本気なのだと確信した直人は、項垂れながらも口を開いた。
「無茶苦茶な発想ですね。でも、ありがとう。落ち込んでるのがバカらしくなりました。アホすぎて」
「ねぇねぇ、なんでいつも一言多いの?」
その後、二人は今後について話をした。
龍宮寺を救ったのに、現代の東卍が巨悪化したのは何故なのか。
万次郎と龍宮寺が揃っていれば、稀咲の入る隙なんてないはずだ。
武道は抱えていた疑問を、直人にぶつけた。
それを聞いた直人は龍宮寺の現在を調べてみる事にしたようだったが、再び武道の元に直人からの連絡があったのは、それから数ヶ月後の事だった。
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