【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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目の前に君がいる。
あの頃と、変わらない目をした君がいる。
最愛の人が目の前にいる事実に、武道は思わずボロボロと涙を溢した。
その様子を見た日向は、戸惑いつつも笑顔を見せて、武道に言葉をかけた。
「タケミチくんは、いつも急に来るね」
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結局、武道は直人と共に、日向の部屋へ上がり込む事になった。
だが実に12年ぶりの再会となる武道と日向は、お互い何を話せば良いのか分からず、気まずい沈黙が延々と流れていた。
「あ……あの……」
「はい!」
「…いい天気だね」
「はい!!」
「曇りです。二人とも久しぶりに会ったのに何なんですか?一言目が天気?積もる話があるでしょうに」
「いやっ…緊張しちゃって」
「…久しぶりだし」
再び、沈黙が訪れる。
この空気に耐えられなくなった直人は、呆れた表情で立ち上がり、帰ると言って玄関へ向かおうとした。
それを聞いた武道は直人の脚にしがみつき、必死にそれを阻止する。
「まままま待ってくれよナオト!!」
「この空気に耐えられません。二人でやって下さい。サヨナラ」
「二人きりになったら俺、心臓飛び出して死んじゃうよ?ナオトは俺を殺すの!?」
武道はズルズル引きずられながらも、必死に訴えかけた。
そんな二人の様子を見ていた日向は、緊張の糸が解けたように小さく笑いを漏らす。
「ん?」
「タケミチくんは変わらないね」
武道が日向の方に視線を移すと、そう言って楽しそうに笑う日向の姿があった。
その時武道の目に映ったのは、日向の首元に光る四つ葉のクローバーのネックレスだった。
あのネックレスは、武道が過去の日向にプレゼントしたものと瓜二つで、思わず心臓がドキリと跳ねる。
何故今でもそのネックレスを着けているのか、日向の真意は分からないけれど、淡い期待で武道の頭は埋め尽くされていく。
「ドライブでもしますか?僕、運転するんで」
「へ?」
「うん!」
場所を変えれば、変に気負わずに話が出来るかもしれない。
直人の提案で、三人は夜のドライブへと出掛けていった。
だが車に乗っても気まずい空気感は相変わらずで、直人はさっきと何も変わらないと、苛立ちを募らせていた。
一方、武道は日向が着けているネックレスの事で、頭が一杯だった。
淡い期待を胸に、武道はバックミラーに映る日向を、チラチラと見つめる。
日向が今着けているネックレスは、かつて武道がプレゼントしたものなのだろうか。
「車、止めて」
武道がそんな自問自答を繰り返していると、突然日向は直人にそう声を掛けた。
一体、どうしたというのだろう。
直人は言われた通りに車を止め、後部座席に座る日向へどうかしたのかと問いかけた。
けれど日向は直人の問いには答えず、武道を見ながら口を開いた。
「二人で歩かない?タケミチくん」
日向にそう誘われ、武道は思わず頷いた。
車から降り、夜の公園を二人で並んで歩く。
「懐かしいなぁ、この公園」
「……思い出の場所かなんか?」
「好きな人と来たんだ」
「へ…へー」
「イブの夜」
「そっか…大事な場所だね!」
武道がそう言葉を掛けると、日向は柵越しに夜景を見つめながら口を開く。
「今でもその人が忘れられないの。イブの夜、ここで振られたんだ」
日向の悲しそうな声が、武道の鼓膜を揺らす。
その声色から日向がその人を想う気持ちの強さを感じて、武道は思わず日向の後ろ姿から目を反らした。
胸に抱いた淡い期待が、まるで爪で剥がされていくように溢れ落ちていく。
自分は所詮、中学の時に付き合っていただけのただの元彼なのだと、武道は内心自嘲した。
けれど振り向いた日向の表情を見て、武道の思考は思わず停止する。
「なんで振られたの?未だに分かんないよ。教えてよ……タケミチくん」
振り向いた日向の瞳には、今にも溢れ落ちてしまいそうな程の涙が溢れていたから。
その涙の意味が分からなくて、けれどやっぱり淡い期待を抱いてしまって、武道の思考回路は混乱した。
「え?……好きな人って、忘れられない人って……」
混乱した武道はトイレに行くと言って日向をその場に残し、公園に設置された公共トイレへと駆け込んだ。
武道の記憶では、武道は日向に振られたはずだった。
けれど今の日向の話はまるで、イブの夜に武道に振られ、今でも武道の事が忘れられないと言っているように聞こえた。
武道はまた、自問自答を繰り返した。
本当に日向は、今でも武道が好きなのか?
あの話が武道と日向の事であるなら、武道は振られたはずなのに、なぜ武道が振った事になっているのか?
やっぱり日向が言っているのは、別の誰かの事なのだろうか?
混乱した思考は、同じところを何度もぐるぐると回るだけだった。
けれど、考えても相手の気持ちなど分からない。
自分が変わろうとしなければ、日向との関係も、不甲斐ない自分も、変える事は出来ない。
武道はぐっと拳を握り締め、蛇口から流れ出る水を両手で掬ってバシャバシャと顔を洗った。
「変わらなきゃ!!ヒナに告白するんだ!!」
上手く行かなくてもいい。
これは、自分を変えるチャンスなのだ。
そう言い聞かせながら、武道は公共トイレを出て日向の元へと歩みを進める。
その時、眼鏡をかけた長身の男が、武道を見て口を開いた。
「あれ?車乗ってねーじゃん。ダリィ」
男はそう言うと、フラッと歩いていった。
変な奴だと、武道は思わずその男の後ろ姿を目で追った。
けれど後頭部に置かれたその男の手の甲を見たとき、心臓が嫌な音を立てた。
右手の甲に"罰"の刺青。
武道がタイムリープした過去で、同じ場所に同じ刺青をしている男がいた。
そうだ、あの男は半間修二だ。
嫌な予感に冷や汗が滲み、呼吸が乱れていく。
武道は息を切らしながら、日向の元へと走り出した。
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