【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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2005年の直人と握手をし、2017年に戻ってきた武道の目の前にいたのは、バイト先の店長だった。
「何度同じ事を言わせるんですかね~~?花垣武道く~~ん」
「へ?……店長?」
「DVDは返却されたらすぐ陳列~~。何度も言いましたよね~~?」
過去から戻ってきた武道がいるのは、慣れ親しんだバイト先だった。
代わり映えのない日常に、武道は少々混乱しながらスマホを開く。
いくら検索をしても日向が死亡したという事件がヒットせず、武道の混乱は加速するばかりだった。
店長に注意されて仕事に戻った武道だったが、頭の中はタイムリープの事で埋め尽くされていた。
林田が逮捕された事も、万次郎と龍宮寺の喧嘩を止めた事も、龍宮寺の命を救った事も、全部都合の良い夢だったのだろうか。
考えても考えても答えに辿り着くどころか、武道の思考回路はぐちゃぐちゃになっていく。
そんな考え事をしながら仕事を続けていたせいか、腕に抱えていたDVDの束が床に散らばってしまった。
床に落ちたDVDを拾おうとしゃがみ込んで手を伸ばすと、手の甲にある大きな傷が武道の目に映った。
この傷は、83抗争の時に清水にナイフで刺された時の傷だ。
あれは、夢なんかじゃない。
武道は、直感的にそう感じた。
「すいません!今日休みます!」
「は!?」
店長の声も無視して、武道は一直線に店の出口へと走る。
何もかもおかしかった。
バイトはクビになったはずなのに変わらずあの店で働いている事も、交換したはずの直人の連絡先が消えている事も。
「くそっ何がどうなってんだ!?」
思わず武道がそう漏らした時、スマホの液晶画面に映し出されたのは、身に覚えのないスケジュール通知だった。
美容院と書かれたそれは全く記憶にないものだったが、武道はスマホに入力されていた情報を頼りにその美容院へ足を運んだ。
その店は、武道にとって縁も所縁もない店だった。
けれどそこにいた人物を目の当たりにして、武道は思わず瞳を涙で濡らす。
その人物が、ビルの屋上から飛び降りて亡くなったはずの千堂だったからだ。
「アッくん!!」
「なんだよタケミチ?でっけぇ声出すなよ。早く入れよ」
武道は千堂に言われた通り店内へ入ると、備え付けられたソファへと腰を下ろした。
「掃除終わるまで待ってて」
「う……うん。……アッくんもしかして美容師になったの?」
「あン?まだタマゴな?アシスタントやってるって言ったじゃん。毎日毎日コキ使われてる雑用!今日お前を呼んだのはさ、やっと来月から切らしてもらえるようになったからカットモデルになってほしくて。ほら、初めての客!約束したろ!」
そう言って笑う千堂を見て、武道の脳裏には、正にその約束をした時の記憶が蘇っていた。
その時、武道は確信した。
タイムリープして、未来を変えたのだと。
じわじわと嬉しさが込み上げて来て、その感情が涙となって、次々と頬を濡らしていく。
武道が喜びを噛み締めていると、ソファの上に置いていたスマホのバイブレーションが鳴り、着信を知らせた。
携帯を手に取ってみると、画面に映し出されていたのは、登録されていない知らない番号だった。
喜びを噛み締めているところに水を差されたような状況ではあるが、武道は通話ボタンを押し、その着信に応答する。
「もしもし?」
『成功したんですね』
「あん?誰?」
『そして今、過去から戻ってきた』
武道は思わず立ち上がって、電話をかけてきた人物の名を口にした。
過去から戻ってきた、なんて台詞を言えるのは、タイムリープの事を知っている人物だけだ。
「ナオト!?」
『すごい!やってくれましたね!全てが変わってる!』
全てが変わっている。
直人の言葉に、武道の鼓動が高まっていく。
そして、続いた直人の言葉に、武道の心臓はより一層大きく脈打った。
「タケミチくん、姉さんに会いに行きましょう!」
「え!?」
あの時──、初めて日向が殺されたというニュースを見た時、武道はただただ呆然とする事しか出来なかった。
けれど今、日向は生きている。
会って、話をする事も出来るのだ。
その後、武道は直人の車に同乗し、日向の元へ向かっていた。
「調べてみたらそもそも、姉さんの死んだ事件すら起きなかったようです」
「東卍の抗争が?」
「はい。まさかタケミチくんが成功するとは」
「は?どういう意味だよ」
「だってタケミチくん、クズじゃないですか?」
「テメー喧嘩売ってんのか!?」
「ハハ、姉さんに会えるんだからいいじゃないですか」
「……ナオト、俺今すげぇドキドキしてる。現代のヒナに会えるなんて夢みてぇだ」
そんな話をしているうちに、二人を乗せた車は現代の日向が済むマンションへと到着していた。
緊張と期待、少しの不安に胸を高鳴らせながら、武道は車を降りる。
「変わってるのかなー、ヒナ」
「当たり前じゃないですか、君と別れてから12年も経ってるんですよ?」
そう言った直人への相槌は、全く感情の籠っていないものだった。
武道の思考回路には今、先程の直人の言葉が何度も響いている。
そう、あれからもう12年も経っているのだ。
学生時代に付き合っていた元恋人の事なんて、綺麗さっぱり忘れていてもおかしくない。
日向が笑顔で武道を出迎えて、会いたかったと胸に飛び込んで来てくれるなんて、そうありはしない。
そんな都合の良い想像を繰り広げていた自分に落胆し、武道は前を歩く直人を呼び止めた。
「俺やっぱ……会うのやめとく」
「え?どうしたんですか急に」
「よく考えたらさ、ヒナの命は救ったよ?でもヒナは救われた事とか知らないじゃん。ナオトは会えるよ?弟だし。でも俺は赤の他人だから」
「タケミチくん……」
「幸せになっていてくれれば、それでいいんだ」
武道はそう言い残すと、踵を返して来た道を戻っていく。
タイムリープをして過去を変えても、現代の自分は何も変わっていなかった。
結局根が駄目なのだから元の生活に戻るしかないのだと諦めの感情を引きずりながら、武道はマンションのエントランスを出た。
「キャッ」
その時、武道はドアの向かい側から来ていた住人にぶつかってしまう。
謝罪をしようと顔を上げた瞬間、目の前にいた人物に、武道は思わず言葉を失った。
「タケミチくん?」
夢か幻想か、そう思った。
けれど武道の目に映る光景は、夢でも幻覚でもない現実だ。
武道の目の前には今、現代を生きている橘日向本人が確かにそこにいた。
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