【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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ある日の放課後の事だ。
恋人である日向の買い物に付き合った帰り道、ひょんな事から武道は日向の家で勉強を教わる事になった。
電車を降りて日向と二人で橘家までの道を歩いていると、見覚えのある女子が武道の目の前に現れた。
けれど、どこで会ったのかは思い出せない。
誰だっけと武道が記憶を辿っていると、彼女は武道の顔を見るなり「あ!」と言ってこちらに近付いてきた。
「タケミっちだ」
「へ?」
「怪我、大丈夫?」
そこまで言われて、ようやく武道は彼女とどこで会ったのか思い出した。
喧嘩賭博で清水にタイマンを申し込んだあの日、突然万次郎たちと一緒にやって来てハンカチを貸してくれた彼女だ。
確か万次郎には、志織と呼ばれていた。
「あ、あの時の…!えと……もう大丈夫です……!」
「そっか、良かった」
武道が辿々しくそう返すと、志織はふわりと柔らかく笑ってみせた。
すると、隣にいた日向が不満そうな表情を浮かべながら、武道の制服の裾をきゅっと握る。
武道は、違うよヒナ!と、喧嘩賭博の時の事を日向に説明した。
「すいません、私何も知らずに…」
「全然大丈夫だよ。ねえ、この子もしかしてタケミっちのヨメ?」
「へ?ああ…そうです」
「て事は、この前万次郎にビンタお見舞いしたって子?」
志織がそう言うと、日向は顔を真っ赤にして更に慌てた様子を見せた。
「す、すみません本当に……!」
「万次郎も全然気にしてないみたいだから大丈夫だよ!でも度胸あるね」
「あの時は必死で…」
「好きな人の為に無茶する気持ち、分かるよ。まあ、万次郎は守られるって柄じゃないけどね」
そう言った時の志織の表情があまりにも綺麗で、武道と日向は思わず息を呑む。
「志織さん、でしたよね?やっぱりマイキーくんの…」
「うんそうだよ、万次郎のヨメ!」
「今日はマイキーくん、一緒じゃないんですか?」
「ああ、これから万次郎の家に行くところだったの。二人もデート?」
「はい。これから私の家で勉強するんです」
「そうなんだ!…あ、じゃあ私そろそろ行くね。遅くなると万次郎うるさいからさ。また会おうねヒナちゃん、タケミっち!」
手を振って去っていく志織に、二人は手を振り返して見送った。
志織の後ろ姿が見えなくなると、武道と日向もまた止めていた足を再び前へ進めた。
武道は橘家への道を歩きながら、マイキーくんも恋愛とかするんだなあとぼんやり考えていた。
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武道と日向と別れた後、志織は佐野家へとやって来た。
いつも通りエマを手伝って食事の準備をして、帰宅した万次郎とエマの祖父と四人で食卓を囲む。
食事を終え、万次郎の部屋で静かな時間を過ごしていると、外からドォン!という大きな音が何度か聞こえてきた。
何の音かと外へ出てみれば、目の前の夜空には大輪の花火が、次々に打ち上げられていた。
「わあ!花火!見て見て万次郎、花火だよ!」
「ほんとだ」
楽しそうな笑顔を浮かべて花火を見上げる志織に、万次郎は口元を綻ばせて思わず可愛いなと呟く。
そしてそっと志織に近付くと、わしゃわしゃと少しばかり乱暴に髪を撫で回し、目の横に唇を落とした。
そんな万次郎の行動に照れ臭そうに、でも幸せそうに笑う志織の手を取ると、万次郎は指を絡ませるようにしてその手を繋いだ。
志織が自身の手元に注がれていた視線をふと上げれば、至近距離にいる万次郎と視線が交わって、心臓が小さく跳ねる。
万次郎の空いている右手が、そっと志織の頬に触れる。
万次郎は志織の頬に触れたまま、目の前にあった形の良い唇を自身のそれで優しく塞いだ。
繋がれていた手にきゅっと力が込もれば、僅かにあった隙間はいつの間にかなくなった。
名残惜しそうにゆっくりと唇を離して目を開ければ、再び二人の視線は交わり合う。
「花火、見なくていいの?」
「み、見る…」
万次郎が少し意地悪気にそう聞けば、志織は顔をほんのり赤く染めながら、顔を上げて夜空を彩る花火を見つめる。
そんな可愛らしい反応を見せる志織にふっと小さく笑みを溢しながら、万次郎も志織に倣って顔を上げ、その瞳に色とりどりの花火を映し出した。
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