【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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志織が家に連れ戻されて、早いもので二週間が経とうとしていた。
こんなにも長い間万次郎と顔を合わせずにいる事は初めてで、志織は万次郎への気持ちが募っていくばかりだった。
そんな大きな感情を抱えながらも、志織はもうすぐ帰宅する母の為に、夕食の準備を始めた。
母が志織の為に食事を用意してくれたのは、志織が家に戻ってきたその日だけ。
それ以降、食事の準備や掃除洗濯といった家事は、全て志織に任せきりにしていた。
母が帰宅したタイミングで食事が出来ていないと怒り出すから、母が帰宅する少し前に食事を作り終えておく必要がある。
こういった事に気を揉むのは決して楽ではないが、いつまでも続く罵倒を浴びるよりかはマシだった。
食事の準備を終え、取り込んだ洗濯物を畳んでいると、玄関の方で鍵を開ける音が鳴った。
母が帰宅したようだ。
志織は立ち上がって玄関へ駆け寄り、中へ入って靴を脱ぐ母へ声を掛ける。
「お、おかえりなさい、お母さん」
「ただいま」
「ご飯、食べる?」
「うん、食べる」
「分かった」
志織は食器棚から食器を取り出すと、作っておいた食事を皿に移し、母の席へ置いた。
母が食べ始めるとようやく、志織は自分の分の食事を用意し、席へ着くのがいつもの光景だ。
「頂きます」
そう言って手を合わせてから、志織は食事に手を付ける。
会話もなくシンと静まり返った食卓は、志織には息が詰まりそうな程辛かった。
けれど、今日は違った。
黙って食事をしていた母が、突然口を開いたのだ。
「ねえ志織」
「な、何?」
「万次郎くんに、会いたい?」
そんな質問に、志織は言葉を詰まらせた。
どう答えても、母は納得しないと思ったから。
けれど万次郎の事で嘘を付きたくなかった志織は、恐る恐る本心を口にした。
「うん、会いたい」
罵倒されるのは、覚悟していた。
けれど母が見せた反応は、志織の予想とは大きく反していた。
母が手に持っていた箸が、床に落ちる。
そして母は、肩を震わせながら泣いていた。
「志織ごめんね。巻き込んでごめん。万次郎くんに会わせてあげられなくてごめん」
嗚咽と共に、母は何度も謝罪の言葉を繰り返す。
志織はそんな母の姿に戸惑いながらも、震える母の背中をそっと擦った。
「ママ、頑張って一人でも大丈夫なようになるから……それまでは一緒にいてくれる?」
その瞬間、懐かしい母の温もりが志織を包み込んだ。
それはまるで、優しかったあの頃の母が帰ってきてくれたようで、志織の瞳からも思わず、涙が溢れ落ちた。
「うん……!一緒にいるよ…、お母さん……っ」
あれほど荒れていた母の心境が、どうしていきなり変わったのかは分からない。
けれど久しぶりに感じられた母の温もりは、そんな思考を志織の頭から消し去っていた。
それから二人は、抱き締め合い声を上げながら泣いた。
それまで抱えていた苦しみや辛さが全て涙と共に流れ出ていったように、志織の心は穏やかだった。
取り上げられていた携帯も、無事に志織の手元に戻った。
携帯を持って自室に戻ると、志織は万次郎へ電話をかけた。
ワンコールでコール音が途切れ、代わりに愛しい人の声が聞こえてくる。
「志織!?」
「うん、そうだよ」
「よかった……!酷い事言われたりしてねえ?大丈夫?」
「うん、大丈夫。心配かけてごめんね」
「そんなの気にしなくていい。お前が無事なら、俺は……!」
「ありがとう万次郎。大好き」
「俺も大好き…!毎日会いたくて、声聞きたくて、死にそうだった」
「ん、私も」
万次郎の声を聞くたび、志織の中に愛しい感情が溢れ出す。
早くこの人の元に戻りたいと、心が叫んでいた。
「もう少ししたら会いに行けると思う。お母さんとね、仲直り出来たの」
「マジ?」
「うん。お母さんが一人でも大丈夫ってなったら、私万次郎のところに戻ってもいい?」
「うん、いいに決まってんじゃん」
「ありがとう。もう少しだけ、待っててね」
「うん、待ってる!」
万次郎の食い気味な返事に、志織は小さく笑いを溢した。
その電話を切る頃には、すっかり心が温かくなっていた。
志織はベッドに寝転がると、その温かさに身を委ねるように、そっと目を閉じた。
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