【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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万次郎の手が、志織の母の胸ぐらを掴む。
突然の事に志織の母は、思わず息を呑んで万次郎を見た。
「今何つった……?」
「は……」
「今、何て言ったかって聞いてんだよ」
万次郎は、どうしても許せなかった。
実の親であるにも関わらず、娘に平気で刃物のような鋭い言葉を浴びせる事が。
万次郎は鋭い視線で志織の母を射抜きながら、拳を振りかざした。
「待って万次郎!殴っちゃダメ!」
志織はそう言って、振りかざした万次郎の腕にしがみついた。
「万次郎!万次郎やめて!」
力の限りを尽くして、志織は万次郎の名前を叫んだ。
何度も自分を呼ぶ声にやっと己を取り戻した万次郎が、か細い声で志織の名前を呼ぶ。
「志織……」
「万次郎…っ!」
胸ぐらを掴んでいた手からも、ふっと力が抜け、志織の母は床に座り込んだ。
ゲホゲホと咳き込みながら、万次郎を睨み付ける。
「何て子なの!?彼女の母親に手を上げるなんて!」
「今のは万次郎悪くない!私の事守ってくれただけだもん!」
涙で顔を濡らしながら、志織は叫んだ。
けれどその言葉が、志織の母の逆鱗に触れてしまう。
「いい加減にして!なんであんただけそんなに想われてるの!?あんただけ幸せなんて絶対許さないから!」
志織の母は涙を溜めた瞳でそう言うと、志織の髪を掴み、強引に引っ張った。
「痛!」
「ほら帰るわよ!!いつまでもこんなところにいちゃダメ!」
「やだぁ!助けて万次郎!万次郎ぉぉ!!」
「志織離せよ!」
万次郎は志織の体を力強く抱き締め、志織の母を睨んだ。
「男が出来たら突き放して、別れたら連れ戻すとか勝手すぎるだろ!」
「貴方には関係ないでしょ!?志織は私の娘なの!どうしようと私の勝手!!」
「嫌だ!万次郎と離れたくない!!」
志織が万次郎の服をぎゅっと掴むと、万次郎はそれに応えるように志織を抱き締め直す。
エマも志織が連れて行かれないように、涙を流しながらも志織を後ろから抱き締めた。
「ねえ、志織忘れたの!?私があんたを娘として家に置いてやってる理由!あんな男との子供なんてもう顔も見たくないのにわざわざ面倒見てやってるのは、あんたが何でも言う事聞くって言ったからでしょう!?」
「……っ!」
「は…?何だよそれ」
「あんたを預かってくれる施設も見つけてたのに、それを嫌だって騒いだのはあんたでしょう!?なんで約束守れないの!?」
「ごめ…んなさい…っお母さん……」
「約束守れないなら、今からでも出て行って!施設でもどこへでも行けよ!でも家を出てこの家に来るのは絶対許さない!約束守れないなら、もうこんな子とは今ここで別れなさい!これからは絶対会わせないから!!」
「嫌だ…!万次郎と別れたくない…!」
「もうやめろよ!俺は誰に何を言われても、志織と別れねえ!」
「あんたは黙ってて!!これは親子の問題なの!!志織、もう別れなさい!二度と会ったらダメ!」
「嫌です…嫌…別れたくない…っ!」
母親の言葉に、志織はポロポロと涙を流しながら、何度も首を横に振る。
恐怖に滲んだ志織の表情を見た万次郎は、志織を抱き締める腕に力を込めた。
その恐怖を少しでも払い除けてやりたくて、万次郎は必死だった。
けれど志織の母は、志織を傷つける言葉を、次々と投げかけ続けた。
「分かるよね?私はあんたの親なの。あんたの事なんてどうだって出来るんだからね」
「ごめんなさいお母さん……!万次郎ともう会えないなんて嫌です…っ約束守るから、お願いします…!」
志織は大粒の涙を流しながら、床に額を擦り付けるようにして母に懇願する。
その身体が震えているのが触れた腕から伝わって、万次郎は胸が締め付けられたような苦しさを感じた。
「嫌なら私の言う事聞きなさい。あんただけずっといい思いしてないで、早く家に帰って来なさい」
「…分かりました…」
志織はそっと立ち上がると、涙を拭いながら万次郎を見た。
「志織……」
「ごめんね万次郎。帰りたくないけど、万次郎ともう会えなくなっちゃうのはもっと嫌だから、一度家に戻るね」
「志織……」
「エマも、ごめんね」
「志織ちゃん……」
志織は立ち上がって、一歩ずつ母の元へ歩いていく。
その足取りは重く、本心ではこのまま万次郎やエマと佐野家で過ごしたい気持ちが、痛い程現れていた。
絶対戻ってくるからと一言だけ残して、志織は母と一緒に佐野家を後にした。
志織と母がいなくなると、家の中はしんと静まり返る。
泣きじゃくって自身にしがみつく志織の為に、何もしてやれなかったという無力感が、容赦なく万次郎を襲った。
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