【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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9月に入ったというのに、今年は残暑が厳しく、暑い日が続いていた。
昼食を取った後、万次郎と志織、そしてエマは、居間でアイスを食べていた。
「もうほんっとに暑い!いつまで続くのよ30度越え!」
「しばらくは続くみたいだよ。明日は雨らしいけど」
「嘘ー!ウチ明日予定あるのにー」
「どこか行くの?」
「ヒナと買い物!志織ちゃんも行く?」
エマが志織を誘うと、万次郎がスプーンをくわえたまま、志織をぎゅっと抱き締めた。
「ダメ!志織には明日も俺といるっていう予定があんの!」
「出た。マイキーの我が儘」
「我が儘じゃねぇし!志織は明日も明後日もその次も、俺といんの!」
「それが我が儘だって言ってんのー」
エマはそう言いながら、スプーンで掬ったバニラのアイスクリームを一口。
「我が儘じゃねぇって!ね、志織!俺我が儘じゃねぇよな!?」
「それは置いといて、ちょっと離れて欲しい」
「何で!?」
「暑い。万次郎、体温高過ぎ」
「じゃあ冷房の温度下げるから!そしたらくっついていい?」
「うーん。まあそれなら」
志織がそう言うと、万次郎はよし!と立ち上がり、クーラーのリモコンを手に取った。
冷房の設定温度を下げ、万次郎が志織の隣へ戻ろうとした時、来客を知らせるチャイムが鳴った。
「マイキー出て」
「ええ~」
「立ってるついで!」
「分かったよ」
万次郎は手に持っていたスプーンを志織に手渡すと、玄関へ向かった。
「はーい」
気怠そうな声でそう言いながら、万次郎が玄関の戸を開く。
「あれ、もしかして万次郎くん?」
聞き慣れない声に、名前を呼ばれる。
きつく香る香水の匂いに少し顔をしかめながら、万次郎は目の前に立つ女性をじっと見つめた。
「は……?」
目の前の女性には、全く見覚えがない。
けれどその顔立ちは、自分の恋人と瓜二つだった。
「大きくなったね万次郎くん。おばさんの事覚えてる?志織のママよ」
「なんでここに……」
「覚えてないか。志織がまだ道場通ってた時に、少し会っただけだもんね」
「何しに来た」
「志織いる?中かな?お邪魔させてもらうね」
強引に上がり込もうとする志織の母の前に万次郎は立ちはだかって、中へ入れないようにした。
「万次郎くん、通して?」
「志織には会わせねえ」
「会わせないって何?私は志織の母親なの。貴方にそんな事言われる筋合いないのよ」
貼り付けたような笑みを突然崩し、志織の母は怒りを露にして言った。
それでも万次郎が一歩も引かない事が分かると、志織の母は声を荒げて志織を呼んだ。
「志織!志織出てきなさい!いるのは分かってんだよ!」
「志織!来るな!来ちゃダメだ!」
「志織!来なさい!」
荒々しい声が、家中に響き渡る。
来るなと願う万次郎の思いは届かず、体を震わせた志織が、母の前に姿を見せてしまった。
「お、お母さん……」
「志織、お母さんね、彼と別れたの。一人ぼっちになっちゃったの。お母さん寂しいんだ。だからお母さんのところに戻ってきてくれるよね?」
「志織!聞くな!」
恐怖から志織の足は震え、立っているのもやっとだった。
今にも倒れてしまいそうな志織の姿を見て、万次郎は咄嗟に体が動く。
足の力が抜けて座り込みそうになったところを万次郎が抱き止めて、志織の体を支えた。
万次郎はそっと志織を座らせ、その姿を隠すように、志織に背を向けて立ちはだかった。
それを見た志織の母は怒り狂ったように叫びながら、万次郎たちの方へと近付いていく。
「志織!帰ってきなさい!あんただけに良い思いさせないから!そんな風に一人だけ守られるなんて許さない!狡い!!狡い狡い!!私はこっぴどくフラれたのに!!」
乱暴に掴みかかろうとする志織の母を、万次郎が止める。
「エマ!志織連れて部屋行ってろ!」
「え……!?」
「早く!頼む!」
エマは震える足に鞭を打って、涙を流しながら怯える志織へ駆け寄った。
志織の手を取って立ち上がらせようとした時、より一層声を荒げた志織の母が、志織に罵声を浴びせる。
「あんたなんか愛される価値もない癖に!!私と同じ愛される価値のない人間なんだよあんたは!だからこんな恋愛ごっこさっさとやめて、私のところに戻って来なきゃダメなんだよ!」
その言葉を聞いた瞬間、志織はひゅうひゅうと荒い呼吸を繰り返しながら、必死に耳を塞いでいた。
涙は止まる事なくボロボロと頬を流れ、小さな声でやめてと繰り返す。
そんな志織の姿を見た瞬間、万次郎の中で何かがプツリと切れる音がした。
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