【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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しばらく愛機を走らせて到着したのは、隣県に接している海だった。
時刻は、丑三つ時を迎えようとしている。
点滅を繰り返して今にも消えてしまいそうな街頭だけが、辺りを頼りなく照らしていた。
暗闇のせいで水面は黒く見え、まるで大きな闇のようにも思える。
恐怖を感じた志織が思わず万次郎の背中にしがみつくと、万次郎は優しく志織の肩を抱いた。
「座ろ、志織」
「うん」
万次郎の愛機に、二人並んで腰をかける。
肩を抱いていないもう片方の手で、万次郎は志織の手をそっと握った。
「やっぱり、夜の海って不気味」
「怖い?」
「ちょっとだけ。でも万次郎がいるから大丈夫」
「ん。離れないから安心して」
万次郎はそう言うと、志織の唇を噛み付くように塞いだ。
けれどその柔らかな感触は、すぐに離れていってしまう。
物足りなさに万次郎を見つめると、意地悪な笑みを浮かべて志織を見つめていた。
「どうした?」
「万次郎……」
「ん?言わなきゃ分かんないよ」
「分かってるくせに」
「俺分かんな~い。教えて志織」
万次郎の指が、そっと志織の手を撫でる。
それはまるで、言葉を誘っているようだった。
優しくて、けれど逃がさないと言っているような手付きに、志織は思わず胸を高鳴らせた。
「ね、志織。教えて?」
「……もっと」
「うん?」
「してほしいの。もっと、キス」
「キス、してほしいの?」
熱を帯びた万次郎の視線に耐えきれず、志織は目線を落としてコクリと頷く。
「ダメだよ、ちゃんとこっち見てなきゃ。志織」
恥ずかしくて死んでしまいそうなのに、万次郎の言葉に促され、名前を呼ばれ、まるで魔法にかかったようだった。
志織は言われるがまま顔を上げて、再び視線を絡ませる。
「ん、いい子」
「んっ……」
再び噛み付くようなキスで、唇を塞がれる。
けれど今度はすぐに離れず、何度も啄むように、唇を合わせた。
呼吸をも奪われるような激しいキスに、だんだんと息が上がっていく。
甘い刺激が、脳をとろとろに溶かしてしまいそうだった。
「ん……志織……」
やっと唇が離れると、志織は涙で濡れた瞳で万次郎を見つめた。
「万次郎……」
「可愛い。好き」
「私も、好き。ずっと万次郎のものでいさせて」
「当たり前じゃん。離さないよ」
「ん、嬉しい。私の全部、万次郎にあげる。ずっとずっと一緒だよ。どんな事があってもずっと大好き」
「俺も。どんな事があっても志織が好きだよ 」
「ん。……早く結婚したいね」
「うん。結婚出来る年になったらちゃんとプロポーズするから、それまでここ、開けといてね」
万次郎はそう言いながら、志織の左手薬指の付け根をそっとなぞった。
志織は幸せそうに笑って頷くと、万次郎の頬にそっとキスを落とした。
「あとさ、志織」
「ん?」
「結婚したら、オムライスいっぱい作ってね」
「それは今もじゃん」
「だってオムライス好きだし、志織のオムライスうめえし。あ、今日も作って」
「うん、いいよ。作ってあげる」
志織がそう答えると、万次郎は嬉しそうにはにかんだ。
「じゃあ、そろそろ帰ろっか」
「うん」
万次郎が志織にヘルメットを被せると、二人は万次郎の愛機に跨がって帰路へ着いた。
静かな夜更けに、バブの排気音が鳴り響く。
その日の夜、家族で食卓を囲みながら、志織が作った特大のオムライスを幸せそうに頬張る万次郎の姿があった。
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