【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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どれだけ言葉をかけようとも、兄が言葉を返してくれる事はもうない。
頭では分かっていても、心が追い付かなくなる事が何度もあった。
けれどここまで生きて来られたのは、志織がずっと傍にいた事が大きかった。
素直に、実直に、悲しみを露にする志織を抱き締めながら、万次郎もまた志織の存在に寄りかかっていた。
悲しみや苦しみを表現するのが上手くない万次郎の心に、寄り添おうとしてくれる大切な存在。
この先何があっても、どんな事が起きても、志織の事だけは離さない。
万次郎は、そう誓っていた。
亡き兄の墓参りに行った日の夜も、万次郎はその腕に愛しくて溜まらない温もりを抱いて、眠りについていた。
けれどふと目を覚ました時、確かに腕に抱いていたはずの愛しい人が、そこにいなかった。
「志織……!」
万次郎は飛び起きて、部屋中を探した。
けれど、志織はどこにもいない。
どうして……どうして……。
万次郎の心を、焦りが支配する。
嫌な汗が出て、苦しくて、うまく息が出来ない。
震える脚を必死に動かしながら、万次郎は靴も履かずに外に飛び出した。
「志織……!どこ……!?」
辺りを見渡しても、志織はどこにもいない。
置いていかれたのか、誰かに連れ去られたのか、そんな嫌な想像が万次郎の思考回路をみるみる蝕んでいく。
早く志織を、見つけ出さなくては。
万次郎が裸足のまま駆け出し、敷地の外へ出ようとしたところで、聞き馴染みのある声が万次郎を呼んだ。
「万次郎……!?」
弾かれたように、万次郎が振り向く。
その視界が捉えたのは、万次郎が探し求めていたその人だった。
「志織……!志織……っ!!」
今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべながら、万次郎は志織の元へ駆け寄った。
志織もまた、必死に自分の名前を呼ぶ万次郎に駆け寄って、その体を抱き締めた。
「志織……っ!良かった…いた……っ」
「万次郎どうしたの……!?汗びっしょりだよ……!?」
「起きたら……起きたら志織がいなかった……。志織がいなくなっちゃったから……」
万次郎の手が、腕が、志織に縋り付くようにその体を抱き締める。
「大丈夫だよ万次郎、ここにいるよ……!ごめんね、トイレ済ませたらすぐ戻るつもりだったんだけど……」
「……トイレ行ってただけだったの……?」
「うん、そうだよ」
「そっか……。そうだよな……。ちょっと考えれば分かるのに、ごめん志織……。俺どうかしてた……」
自嘲するように、万次郎が笑う。
そんな万次郎を見て、志織は優しくその体を抱き締めた。
「心配かけちゃってごめんね。でもありがとう」
「志織……」
「今度からは、ちゃんと声掛けるようにするね」
「うん……っ。志織好き……っ。すげえ好き……!ずっと志織と一緒がいい……!」
「うん、一緒にいようね。おじいちゃんとおばあちゃんになっても、ずっとずーっと一緒だよ」
万次郎の心に巣くった不安を取り除くように、優しく背中を撫で、万次郎の唇に自分のそれを触れさせた。
万次郎の頬に手を添えて、何度か啄むような軽い口付けを繰り返すと、不安に歪んでいた万次郎の表情が、少しずつ和らいで行く。
「志織、好き……好き……大好き」
「私も……大好き」
二人は夢中で唇を合わせながら、砂糖のように甘い言葉を紡ぎ合う。
「ねえ志織、抱いてもいい……?今すげえ志織の事抱きたい……」
熱を帯びた瞳に囚われたように、志織は万次郎に釘付けになった。
志織は優しく微笑み、万次郎の頬をそっと撫でる。
溢れ出す愛しさのまま、体を繋げて愛し合いたい。
いちばん近くで、愛しい人の存在を感じたい。
その気持ちは、志織も同じだった。
「ちゃんとベッドでならいいよ……。あと足も洗ってね?」
「ん、分かった。すぐ行くからベッドで待ってて」
志織は言われた通り、ベッドの上で万次郎が戻ってくるのを待った。
少しして離れの扉が開き、万次郎が入ってくる。
万次郎はベッドの上に座る志織を、ぎゅうっと強く抱き締めた。
そして、一瞬で蕩けてしまうような甘いキスを何度も施しながら、万次郎はそっと志織の体をベッドへ押し倒した。
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