【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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──志織、マンジローとずっと一緒にいてやってくれ。
そんな声と、優しく頭を撫でられるような感覚に、志織はそっと閉じていた目を開く。
「……夢?」
溢れた涙は重力によって流れ落ち、志織を抱き締めて眠る万次郎の腕を濡らした。
涙は止まる事なく流れ続けて、万次郎の腕に落ちていく。
胸が締め付けられて、息が苦しくて、志織は隣で寝息を立てる万次郎の服を、無意識に握り締めた。
「……志織?どうした?」
万次郎の掠れた声が聞こえると、志織は万次郎の胸に自身の頬を擦り付けるように、その距離を縮めた。
起こしてしまった申し訳なさと、気付いてくれた事の安心感が、既に志織の心を支配していた感情と複雑に混ざり合っていく。
「なんで泣いてるの?俺に教えて?」
万次郎のその問いに、志織は何度もしゃくり上げながら答えた。
「っ……夢にね、出てきたの……っ」
「何が?」
「……っあのね、……っ……真一郎くんが……っ」
「……そっか」
万次郎は志織の体を抱き締めて、優しくその背中を擦る。
「ごめん……ごめ……っ!まんじろ……」
「うん、大丈夫だから。大丈夫」
今日は、真一郎の命日だ。
いちばん苦しいのは万次郎のはずなのに、そんな万次郎に縋ってしまう弱い自分が、志織は情けなかった。
けれど万次郎は何も言わず、ただただ志織の背中を擦り続けていてくれる。
早く涙を止めなければと思うのに、万次郎が優しく背中を擦る度、余計涙が溢れて止まらない。
志織が紡ごうとする言葉は嗚咽が邪魔をして、万次郎の耳には届かなかった。
かろうじて志織の口から漏れ出たのは、謝罪の言葉だけ。
「まんじろ……っごめんね……」
その言葉を聞いた万次郎は一瞬苦しそうな表情を浮かべた後、ぎゅうっと強く志織を抱き締めた。
「謝らないで、志織。大丈夫だから」
「……うう……っまんじろぉ……!」
志織は何度もしゃくり上げながら、万次郎の服をぎゅっと掴んだ。
万次郎の匂いと温もりに包まれながら、志織は声を上げて泣いた。
散々泣いて、止めどなく溢れていた涙がようやく枯れた頃、すんすんと鼻を鳴らしながら、志織は万次郎の胸に埋めていた顔を上げた。
泣き腫らした志織の頬に、万次郎は優しく触れる。
そして、親指で無数の涙跡をそっと拭った。
「落ち着いた?」
「……うん。ありがとね万次郎。ごめん、万次郎のが辛いのに」
「大丈夫、志織の気持ちは分かってる。今日シンイチローに会いに行けそう?」
「うん、大丈夫。会いに行く」
万次郎は安心したように微笑み、優しく志織の髪を撫でた。
そしてそっと志織の額にキスを落とすと、万次郎は志織を抱き締めたままその体を起こした。
「じゃあ、支度しよ」
「うん」
ベッドから出て、各々出掛ける支度を済ませる。
そして万次郎と志織は、エマや祖父と一緒に、真一郎が眠る場所へと向かった。
墓前で手を合わせながら、志織は真一郎に語りかけた。
──真一郎くん、私万次郎とずっと一緒にいるから。
だから安心してね。
今日は泣いちゃったけど、万次郎の事支えられるように、もっと強くなるね。
脳裏に浮かぶのはやっぱり、真一郎の笑顔だった。
志織は閉じていた目をそっと開き、ふぅと息を吐く。
線香からは細い煙が、ゆらゆらと空に向かって立ち上っていた。
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