【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ふと思い出される、幼い頃の記憶。
温かくて優しくて、けれど悲しくて、苦しい程に胸が締め付けられる。
そんな記憶。
けれど、一番に思い出すのは、決まっていつも笑顔の彼だ。
──志織とマンジローは、本当に仲良しだな!
──大きくなったら結婚かあ、楽しみだな!
──志織みたいなしっかりした子がマンジローの傍にずっといてくれるなら、安心だな!
色々な話をした。
数えきれない程言葉を交わしたけど、でも全部覚えている。
志織にとっては、全てがかけがえのない記憶だった。
そして、最も志織の記憶に色濃く残っているのは、あの時の事だ。
あれは、そう。
志織と万次郎が10歳になる年の事。
その日、いつものように佐野家を訪れた志織を、出迎えてくれたのが彼だった。
「お、志織いらっしゃい」
「こんにちは真一郎くん。万次郎は?」
「マンジローは今エマたちと買い物に行ってる。もうすぐ帰ってくるはずだから中で待ってろよ」
「うん、お邪魔します」
彼──佐野真一郎は、万次郎の実の兄で、志織もよく懐き、本当の兄のように慕っていた。
真一郎は居間へ志織を通すと、そのまま台所へと足を運ぶ。
「志織、アイス食うか?」
「うん、食べる!」
志織がそう言うと、真一郎は冷凍庫からチョコレート味の棒アイスを二本取り出し、一本を志織に手渡した。
「ありがとう」
「おう」
真一郎はそのまま、志織の隣に腰を下ろす。
アイスが入った袋を破って中身を取り出し、二人はほぼ同時にアイスにかぶり付いた。
「美味しい」
「だろ?俺のオススメ」
「やっぱり普通」
「おい!なんでだよ!」
真一郎はそう言って、楽しそうに笑った。
志織もつられたように、笑顔を咲かせた。
「マンジローとは、仲良くやってるか?」
「うん、仲良しだよ」
「そっか。マンジロー、志織の事大好きだもんな」
「そうなの?」
「ありゃどっからどう見ても、ベタ惚れだな」
「そーなんだ……」
「ん?どうした?」
「あのね……」
「うん」
志織の視線が、手に持ったアイスへ落ちる。
悲しそうな目をした後、志織は視線を落としたまま、口を開いた。
「真一郎くん、バージンロードって知ってる?」
「ああ、結婚式のアレだろ?」
「うん。アレみんなお父さんと歩くんだって。でも私お父さんいないから……だから万次郎と結婚式出来ないかも……」
そう告げた志織の声は、とてもか細いものだった。
けれど真一郎は、決して聞き逃がさなかった。
「大丈夫だ、志織」
真一郎の大きな手が、志織の小さな頭をふわりと包み込む。
志織が真一郎を見上げると、真一郎は少し照れ臭そうに笑って、言葉を続けた。
「バージンロードは、俺が一緒に歩いてやる」
「……本当?」
「おう。だから心配すんな!お前たちの結婚式、楽しみにしてるからな」
「うん!」
真一郎の言葉を聞い志織は、本当に嬉しそうに笑っていた。
「ただいまー」
そこへ、買い物に出掛けていた万次郎たちが、ちょうど帰宅する。
「マンジロー、志織来てるぞー!」
「志織!」
玄関からバタバタと音が聞こえたと思うと、直ぐ様居間へ万次郎が駆け込んでくる。
万次郎は、真一郎が志織の頭を撫でているのを見ると、不機嫌そうな表情を浮かべて、二人の間に割って入った。
「人のヨメに気安く触んなよ、シンイチロー!」
「お、ヤキモチか?嫉妬深い男は嫌われるぞ~」
「志織が俺の事嫌いになるわけねーだろ!」
な?!と万次郎は、志織に同意を求める。
万次郎のそんな様子が可笑しくて、志織は思わず笑いを溢した。
「うん、嫌いなんてならないよ」
「ほら!」
「はいはい、よかったなマンジロー」
「志織、シンイチローと何話してたの?」
「ん?ナイショ」
「なんで!!」
「ナイショなの~」
「~~~~!シンイチロー!教えろ!」
「内緒~」
「教えろよ!!」
プンプンと怒る万次郎を、真一郎と志織が笑いながら宥める。
真一郎と二人だけで交わしたこの約束が果たされるその日を、志織は心から待ち侘びていた。
その日がいずれ、訪れると信じていた。
あんな事が、起きるまでは。
.