【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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8月10日。
あの抗争から、一週間の月日が経った。
噂は噂を呼び、武道は街の不良の間で、一躍時の人となっていた。
好奇の視線を向けられ、後輩たちには会釈され、東卍のメンバーたちには声を掛けられる。
「やべっ!未来に帰れねー!!」
そんな状況に、武道は分かりやすすぎる程に浮かれていた。
目に見えて浮かれた状態のまま龍宮寺の見舞いに訪れれば、一瞬で龍宮寺にその浮かれ具合を指摘されてしまう。
「ドラケンくん!お見舞い来たっすよ!」
「何調子こいてんだよテメー」
「え!?ど……どこがですか?」
「全身で浮かれてんじゃねーかよ。まずそのダセェ服を脱げ!」
「え、この服ダサいっすか!?志織さん、ダサいっすか!?」
万次郎と共に龍宮寺の見舞いに来ていて、たまたまその場に居合わせた志織に、武道は必死に問いかける。
「ごめん、ダサいかな……」
「そ、そんなぁ…」
「ちょっとチヤホヤされたらすぐ付け上がってんじゃねぇ、バカヤロー。ダセェぞ?」
龍宮寺の言葉が、武道の胸にグサッと突き刺さる。
意気消沈の武道は、閉ざした口を開いてボソボソと話し出す。
「……。ドラケンくんにはわかんねーんスよ。日陰で生きてきた俺の気持ちが…」
「ん?キモイ」
「初めて人に尊敬されたんスよ!?ちょっとくらい浮かれたっていいじゃんか!
」
ぐいっと身を乗り出して、武道は言った。
けれどその内容があまりにも悲しくて、龍宮寺は思わず引いてしまう。
「よくそんな悲しい事を声荒げて叫べるな…」
「ちっ、かわいくねー。恩人だとか言ってたのに、ちょっと元気になったらコレよ」
ブツブツと文句を言う武道をスルーし、龍宮寺はあっそうだと話題を切り替えた。
「これ、マイキーから。お前に渡せってさ」
椅子の上に置かれた袋。
その中に入っていたのは、東卍の特効服だった。
「東卍立ち上げの時、マイキーが着てた特効服だ。東卍にとって命みてぇなシロモンだ」
それを聞いた武道は、思わず生唾を飲む。
「そんな物をなんで俺に?」
「『着るか着ねぇかはお前次第、でもお前に持っていて欲しい』ってよ」
「タケミっちが良ければ、受け取ってあげてよ。万次郎はそうしたいみたいだからさ」
「タケミっち、お前は東卍の恩人だ。みんなが認めてる。俺もその一人だ。俺からも改めて例を言う」
龍宮寺はベッドから立ち上がり、武道に頭を下げた。
「ありがとう。ソレ、大事にしろよ」
「マイキーくんの…俺には、重いなあ。いつかコレが似合う男になれますかね?」
少し困ったように笑いながら武道がそう言うと、龍宮寺と志織は小さく笑みを溢した。
「会ってけよ」
「え?」
「まだ帰ってねえだろ?マイキー」
「うん、多分屋上で昼寝してると思うよ」
志織が言う通り、武道は屋上を訪れた。
すると屋上に設置された小さなプレハブのような建物の上で、万次郎は仰向けに寝ていた。
「マイキーくん」
武道が声を掛けると、万次郎は閉じていた瞳をパチッと開く。
「スッキリしねぇ」
「え?」
万次郎はスッと体を起こし、その場に立ち上がった。
「頭のモヤモヤが消えねぇ…。何の為に半間は、東卍の内部抗争を企てた?なんでキヨマサ一派を使ってケンチン殺そうとした?」
武道は何も言えず、ただ黙って万次郎の言葉を聞いていた。
万次郎は続けて、言葉を発する。
「一番の謎はさ、内部抗争の事もケンチンが狙われている事もいち早く気付き、止めようとしていたお前だよ。タケミっち、お前は一体何者だ?」
万次郎のその言葉に、武道は思わず生唾を飲む。
もしかしたら目の前にいるこの人は、全部気づいているのかもしれない。
そう思えば思うほど、心臓の鼓動がどんどんと加速していき、うまく言葉を紡げない。
武道はうわ言のように、俺は…俺は…と繰り返した。
けれど万次郎は武道の言葉を待たず、くすっと笑いを漏らす。
「なんだそのダセェ格好。いつもダセェけど」
「え!?えっとこれは、その……っ」
狼狽える武道を見下ろしながら、まあいいや、と万次郎はプレハブの上から飛び降りた。
「お前のおかげで、ケンチン助かったわけだし。ありがとな……、タケミっち」
万次郎が差し出した手を、武道は一呼吸置いてガシッと握り返した。
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その帰り道、武道は日向の家に向かっていた。
この時代の万次郎や龍宮寺、千堂たちとずっと一緒にいたいけれど、そういう訳にも行かない。
ミッションが成功したからには、未来に戻らなくてはならないのだ。
玄関のインターホンを鳴らせば、中から日向が顔を出す。
「タケミチくん?君はいつも急に来るね!」
「ごめんごめん」
この時代の日向とも、もう別れなければならない。
きっともう会う事はないだろう。
けれど一つだけ、思い出を作っておきたかった。
武道はポケットに入れていた四つ葉のクローバーのネックレスを、日向に手渡した。
嬉しそうにそれを受け取る日向に、思わず鼻の奥がツンと痛む。
もう、お別れだ。
玄関先に出てきた12年前の直人に、武道は手を差し出した。
直人が不思議そうな表情を浮かべながらも、差し出されたその手を握ると、武道の意識はそこで途切れた。
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