【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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自分の名前を優しく呼ぶ声が聞こえて、志織は閉じていた目をそっと開けた。
「志織、お粥出来たって。食べられそう?」
「うん…」
万次郎に支えられながら、志織は倦怠感が纏う身体を起こす。
小さな土鍋の蓋を開けて、湯気の立つお粥を取り皿に移す万次郎の手元を、志織はぼんやりと見つめていた。
万次郎は取り皿に移したお粥を少し蓮華で掬い、ふぅふぅと息を吹き掛けて冷ますと、それを志織の口元へ運ぶ。
「自分で食べられるよ…?」
「いいから」
志織は少し恥ずかしそうな表情を見せながらも、小さな口を開けて適温になったお粥を一口。
そしてもぐもぐと咀嚼をしながら、美味しいと一言呟いた。
それを見た万次郎も嬉しそうに笑って、先ほどと同じように蓮華で掬ったお粥を冷まし、志織に差し出す。
今度は躊躇いなく口を開けてお粥を口にする志織を見て、万次郎は小さく笑みを溢した。
変に気後れせずに甘えてくれる姿が、万次郎は嬉しかったのだ。
志織はあっという間に、土鍋に残っていたお粥までぺろりと平らげた。
万次郎は取り皿を置くと、エマが持ってきてくれた解熱剤と水の入ったコップを、志織志織に手渡した。
薬を飲み終わると、万次郎は志織を寝かせそっと布団をかける。
「寝れそう?」
「うーん、あんまり眠くないかも……」
「じゃあ、眠くなるまでとんとんしてあげる」
「ん、ありがとまんじろ…」
万次郎は志織の手を取って指を絡ませながら、空いている方の手を志織の腹部に置いて、とんとんと一定のリズムを刻んで行く。
「俺が寝付けない時、志織がこれしてくれるといつの間にか寝てるんだよな」
「そうだったね」
「うん。だから志織が寝るまで、ずっととんとんしててあげる。安心して寝ていいよ」
「ありがと…まんじろー大好き」
「ん、俺も大好き」
繋いでいた手を口元へ持って行き、志織の指先に優しくキスを落とす。
擽ったくて、温かくて、幸せで、志織はふわりと笑みを溢した。
そうしているうちに、万次郎を見つめていた志織の瞳がとろんとしてきて、少しずつ瞼が重くなっていく。
志織は抗いきれずにそっと目を閉じ、再び小さく寝息を立て始めた。
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次に志織が目を覚ました時も、眠る前に万次郎と繋いでいた手はそのままだった。
顔だけ動かして視線をさ迷わせると、ベッドに突っ伏した状態で眠っている万次郎が見えた。
先程よりもかなり楽になった体を起こして、万次郎を呼ぶ。
「万次郎」
「ん……?」
閉じられていた万次郎の瞳がそっと開いて、寝起きでぼやける視界に志織の姿が映る。
「志織…!体調どう?まだ辛い?」
「ううん。薬効いてるみたいで、だいぶ楽になった」
「良かった…」
安心したような表情を見せる万次郎に、志織はその頬にそっと触れた。
「心配かけてごめんね。ベッドも占領しちゃって」
「気にしなくていいよ。体調良くなってきたなら良かった」
「うん、ありがとう。あ、熱計りたいから体温計取って貰ってもいい?」
「うん」
万次郎は志織の服の中に手を入れて、脇に体温計を挟んだ。
「恥ずかしいから、服の中に手入れるのやめてよ……」
「照れてんの?可愛い」
「恥ずかしいってば」
そんなやり取りをしているうちに体温計が鳴り、万次郎は懲りずに志織の服の中に手を入れて、体温計を取り出した。
「36.9!下がってる!」
「ほんと?良かった」
「でも、熱下がってもまだ無理しちゃダメってエマが言ってた。だから今日はこのまま寝な?」
「うん…」
「俺、今日はソファで寝るから。ゆっくり休んでいいよ」
「え……。あ、そうだよね……」
「ん?」
「何でもない……」
布団の端をきゅっ、と握ってそう言う志織に、万次郎は優しく声をかける。
「何?言ってみて?」
「……あのね、」
「うん」
「一人で寝るの寂しいなって、ちょっと思っただけ……」
その声は蚊の鳴くような小さな声だったけど、万次郎は聞き逃さなかった。
「あ、でも!万次郎に移っちゃったらやだから、今日はちゃんと我慢する」
「我慢しなくていいよ。一緒に寝よ?」
「え、いいの……?」
「うん。その代わりもし移ったら、志織が俺の事看病してね」
万次郎はそう言いながらベッドに横になり、優しく志織の頭を撫でた。
「うん、万次郎の看病は私がしてあげる」
「ありがと」
万次郎は嬉しそうに笑って、志織の額にキスを落とした。
「さっき一人で寝るの寂しいって言ってた志織、すげー可愛かった」
「う、恥ずかしい…」
「なんで?いいじゃん。甘えてくれるの嬉しかったし」
「……ほんと?」
「うん。すげー好きって思った」
「私も、大好き。万次郎がいてくれて良かった。傍についててくれてありがとね」
ぎゅっと抱き着くと、万次郎の匂いが志織の鼻孔を緩やかに刺激する。
「うん。ぶり返したら困るから、もう寝よ」
「ん、寝る……」
「おやすみ、志織」
「おやすみまんじろ…」
大好きな人の匂いと温もりに包まれながら、志織は眠りに落ちていく。
ちなみに翌朝には体温も平熱に戻り、風邪はすっかり完治したようだった。
万次郎に風邪が移ってしまう事もなかったが、看病してもらう機会を失ったと残念がる万次郎が、いたとかいなかったとか。
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