【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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手術成功の知らせを聞いた万次郎の瞳が、微かに揺れた。
皆を鼓舞する言葉を紡いでいても、その心は龍宮寺を失うかもしれない恐怖に、ずっと埋め尽くされていたのだ。
だから龍宮寺が無事だと分かった時、その恐怖から一気に解放され、思わず瞳が涙で濡れた。
万次郎は一人、何も言わずにその場を離れていく。
それに気付いたのは、志織だけだった。
皆が喜びに打ち震える中、志織もまた、その場からそっと姿を消していた。
万次郎が泣きたい時、辛い時、志織は万次郎を絶対に一人にしたくなかった。
微力かもしれないけれど、万次郎が少しでも本心を吐き出せる場所でありたいと、志織はいつも思っていた。
万次郎の事が、心の底から大切だから。
万次郎とずっと、一緒にいたいから。
けれど志織は、万次郎の姿を見失ってしまった。
右を見ても左を見ても、後ろを振り返って見ても、もう万次郎の姿は見当たらない。
志織は必死に、万次郎を探し回った。
けれど病院内を一通り探してみても、万次郎はどこにもいなくて。
これだけ探しても見つからないのであれば、もう病院の中にはいないのかもしれない。
そう考えた志織は、病院の外へ出て再び万次郎を探し回った。
「万次郎…!どこ…!?」
もっと早く気付いて、追いかけていれば良かった。
たった一人で、泣かせたくない。
せめて傍にいて、その身体を抱き締めたい。
気持ちが焦れば焦るほど、走る足がもつれてしまいそうになる。
それでも足を懸命に動かして、志織は病院の中庭へ足を運んだ。
「あ……!」
病院の外壁に凭れかかりながら、万次郎は静かに空を見つめていた。
志織は万次郎の元に駆け寄り、その身体をぎゅっと抱き締める。
「志織…?」
「良かった…万次郎、いた…っ」
万次郎の腕が、少し躊躇いがちに志織の背中に回される。
志織はそれに応えるように、万次郎を抱き締める腕に力を込めた。
すると、最初は躊躇いがちだった万次郎の腕にも、だんだんと力が篭っていく。
そして万次郎は、志織にしがみつくように、その身体を抱き締めた。
▼
ふと、辺りを見渡す。
武道は、皆が集まるその場所に万次郎と志織がない事に気づいた。
二人を探す為、武道はその場をそっと離れ、病院の敷地内を探し回る。
「おっかしいなぁ、どこ行ったんだ?」
中庭をキョロキョロと見回すと、武道の目が捉えたのは、抱き締め合う二人の姿だった。
外壁に凭れかかった万次郎がずるりとその場に座り込むと、志織もそれにつられてその場にしゃがみ込む。
志織の肩に顔を埋め、縋り付くように志織を掻き抱く万次郎。
その体が微かに震えているのが、武道には見えた。
「……良かったっ……ケンチン」
志織も泣きながら、万次郎の背中を優しく擦る。
武道はそれを見て、万次郎が皆の前では気丈に振る舞っていたのだと気付いた。
皆を励ます為に、不安にさせない為に、自分の感情を圧し殺して笑って見せていたのだ。
一番辛かったのは、万次郎だったのに。
武道は二人に気付かれないよう、壁の内側にその身を隠した。
万次郎の口から漏れる嗚咽だけが、その場に小さく響く。
「心配かけさせやがって」
万次郎の目から溢れ落ちた涙が、志織の肩を濡らしていく。
志織は万次郎の涙が止まるまで、ただひたすらその背中を擦り続けていた。
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