【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
どしゃ降りの雨が降り注ぐ中を、志織は傘も差さずに走っていた。
泥の混じった雨水が地面を蹴る度に志織の足首を汚していくが、それも気にしている余裕はない。
志織は懸命に走り続けた。
武蔵神社に向かう道中、ポケットに入れていた携帯が不意に着信を告げた。
志織は走りながらポケットにある携帯を取り出し、電話に出た。
「もしもし……っ」
「志織ちゃ……っ助けて……っ!お願い……!」
電話の相手は、エマだった。
泣いているのか、何度もしゃくり上げているせいで言葉がうまく出てこないようだったが、しきりに助けを求めている事だけは分かった。
「今武蔵神社に向かってるから!落ち着いてエマ!何かあったの?!」
「ド、ドラケンが……!ドラケンが……っ!」
──刺された……!
泣きじゃくるエマのその言葉を聞いた瞬間、志織は頭を思いっきり殴られたような衝撃を覚えた。
脚が震えて、体にうまく力が入らない。
志織はもつれそうな脚を止め、思わずその場に膝をついてしまった。
声を出す事もうまく出来なくて、ひたすら息の漏れるひゅーひゅーという音だけが、頼りなく鼓膜を刺激する。
「志織ちゃんお願い……ッ!早く来て……!」
目の前が真っ白になった志織の正気を取り戻したのは、スピーカーから聞こえてくるエマの助けを求める声だった。
そうだ、絶望に飲み込まれている場合ではない。
今いちばん辛いのはエマなのだと、志織は己を鼓舞した。
震える脚に無理やり力を込めて立ち上がり、再び走り出す。
「ごめんエマ……!今ケンチンは?!」
「きゅ、救急車呼んだんだけど…ッ、雨とお祭りの渋滞で到着が遅れるみたいで……!今タケミっちがドラケン背負って病院に向かってる……!」
「分かった!今そっちに万次郎いる?!」
「うん、いるよ……ッ!」
「分かった。じゃあそこは万次郎に任せよう!私はタケミっちたちの方に向かうから!」
「う"ん…。ウチとヒナもタケミっちとドラケン追いかける……!」
志織はエマの言葉に返事をすると、通話を切って携帯をポケットにしまった。
そして、武蔵神社付近の病院に進路を変え、再び走り出した。
▼
腹部から血を流しながら地面に倒れ込む龍宮寺に、武道は駆け寄った。
「ドラケンくん!!」
その武道の声に反応した万次郎とエマが、そちらに視線を移す。
「どうした!?タケミっち!」
「ドラケンくんが…ドラケンくんが──刺された!」
万次郎の目には、地面に倒れた龍宮寺と、その傍らで頭を垂れる武道の姿が映った。
万次郎は直ぐ様龍宮寺たちの元へ向かおうとするが、それを阻むように、愛美愛主のメンバーが一斉に万次郎へ襲い掛かる。
更に誰かが後ろから万次郎の服を掴むと、そのまま万次郎の体投げ飛ばした。
そのせいで、龍宮寺たちとの距離が余計に開いてしまう。
投げ飛ばされた万次郎は空中で体勢を整え、地面を滑るように着地して事なきを得た。
だが万次郎の目の前に立ちはだかったのは、半間だった。
「マイキー見ーっけ!!」
「半間!」
武道は龍宮寺の傍らで、荒い呼吸を繰り返していた。
勝手にボロボロと、涙が零れ落ちていく。
龍宮寺が死んでしまい、ミッションが失敗に終わってしまった現実と絶望が、武道の心をみるみるうちに飲み込んでいく。
そんな武道を絶望の淵から引っ張り上げたのは、万次郎だった。
「タケミっち!!」
武道はその万次郎にビクッと体を揺らす。
龍宮寺もまた、その万次郎の声に反応するように、ゲホッと血液を吐き出した。
「──!!まだ生きてる!!マイキーくん!!」
「ケンチンを頼む!!」
武道は万次郎の言葉通り、龍宮寺の命を救う為に立ち上がった。
龍宮寺の体を背負い、武道は病院へと向かう。
だが、長身の龍宮寺の体は重く、武道は早くも挫けそうだった。
けれどここで挫けてしまったら、龍宮寺の命は助からない。
未来も、変わらない。
苦しそうに血液を吐き出す龍宮寺に懸命に声を掛けながら、武道は歩を進めた。
「大丈夫ッスよ!病院まで俺が運びますから!絶対絶対、助かりますから!!」
「タケミチくん!」
「ヒナ!エマちゃん!」
「今救急車呼んだから!」
「ドラケンは!?」
「大丈夫生きてる!」
武道の言葉に、エマは涙を滲ませた。
地面に仰向けに寝かせた龍宮寺の頭を、エマは膝に乗せて、心配そうに龍宮寺を見つめていた。
「ドラケン……」
「ヒナ、救急車はあとどれくらいで!?」
「わかんないけど、お祭りと雨で道混んでるみたいで……」
そう話す日向の向こう側に見えたのは、黒い服を身に纏った集団だった。
その集団はこちらに向かって歩いて来ているようで、嫌な予感が武道の脳裏に過る。
そして、武道のその予感は的中してしまう。
集団が近づくにつれてそれが清水たちだと分かると、武道はもう、己の運命に絶望するしかなかった。
.