【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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どしゃ降りの雨の中、人気のなくなった道をエマと二人で歩いていた龍宮寺の背中に声を掛けたのは、林だった。
林は特攻服に身を包み、タスキをかけていた。
「おー、ぺー?どうした?タスキなんかかけて」
林はこの雨の中、傘も差さずに全身ずぶ濡れになっていた。
龍宮寺の問いにも答えず、ただ憎しみに染まった眼差しで、龍宮寺を射抜くように見ていた。
林のその様子に、龍宮寺は察した。
「深刻な顔してどうしたの?ぺーやん」
「エマ。これ持って向こう行ってろ」
「え?」
龍宮寺は差していた傘を畳んで、エマに手渡す。
「ぺー。やっぱお前は納得いかねえか…」
「……」
「俺が気に入らねえんだろ?タイマンか?買ってやるよ」
龍宮寺は首をコキコキと鳴らしながら、林の方へと歩を進めた。
だが龍宮寺の背後には、また別の人影があった。
それを目にしたエマが咄嗟に「ドラケン!」と声を上げる。
その声に振り返ると、そこには愛美愛主の特攻服を着た男が、バッドを手に振りかぶっていた。
流石の龍宮寺も避けきれず、バッドが頭部を打つ鈍い音が辺りに響いた。
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折れかけた心を日向に救われた武道は、再び清水たちの姿を探し始めた。
その道中に武道が遭遇したのは、弐番隊隊長の三ツ谷だった。
「タケミっち!?」
「三ツ谷くん!」
「あれ、お前一人?ドラケンは!?」
「ヤバいんスよ三ツ谷くん!ドラケンくんが襲われる!」
「ああ…分かってる」
「え!?知ってたんスか!?」
「お前こそ」
「キヨマサくんに」
「ぺーやんだろ!」
二人が口にしたのは、別々の人物の名だった。
困惑の声が、二人の口から漏れる。
三ツ谷はバイクから降りて歩きながら、知っている事を武道に話した。
「マイキーは捕まったパーちんを助けようとした。でもドラケンは反対した」
「それは仲直りしたはずじゃ…」
「お前のおかげだよ。ウチの隊長クラスでも、志織ちゃんでも止められねー二人の喧嘩、どうやって止めたんだ?」
「えっとぉ…その……」
「ありがとな。お前が止めてくんなかったら、東卍ヤバかったかもな」
「俺は何もしてないっス」
「…律儀な奴だな」
するとそこで突然、三ツ谷が足を止めた。
その視線の先にあったのは、林の愛機だった。
「やっぱり、ぺーやんのバイクだ。東卍内部は、パーちんが捕まったのはしょうがねぇ事だって話でまとまってた。気に入らねーのはぺーやんだ」
林は、東卍が林田を見捨てたと、思い込んでいるようだった。
事実は違っても、林田を最も慕っていた林にとって、今回の事は納得出来なかったのだ。
「ぺーの野郎、愛美愛主の残党とつるんで、ドラケンをまくるとか言い出した」
「それって…」
「"ドラケン狩り"だ」
既に林の愛機がここにあるなら、もう事が始まってしまっているかもしれない。
その時武道の脳裏に過ったのは、未来で聞いた直人の言葉だった。
──2005年8月3日。
東京都渋谷区の駐車場で、暴走族のグループ50人が乱闘。
中学生15歳が、ナイフで腹部を刺される等の暴行を受け死亡。
この中学生が、龍宮寺です。
「三ツ谷くん…」
「あ?」
「駐車場です。さっきのとこ以外に駐車場ってありますか?」
「……裏の駐車場?」
三ツ谷はそう言いながら、その方向を指差した。
武道は、三ツ谷の差した方向へ向かって走り出す。
三ツ谷も、その後を追いかけた。
駐車場へ辿り着くと、愛美愛主の特攻服を着た男たちが、何人も倒れていた。
その中に、たった一人で何十人もの敵と対峙する、龍宮寺の姿があった。
「ドラケンくん!」
龍宮寺の頭は、バッドで殴られたせいで出血している。
頬や目の周りにも血が流れ、汚れていた。
「おう三ツ谷…タケミっち」
「タケミっち!三ツ谷!」
声のする方へ振り返ると、そこには目に涙を浮かべながら、携帯を胸の辺りで握りしめるエマの姿があった。
エマは愛美愛主のメンバーに気付かれないよう、こっそりとメールで志織に連絡を入れていた。
万次郎も東卍メンバーもどこにいるか分からない状況の中で、志織の所在だけは知っていたエマは、志織に助けを求める選択をしたのだ。
「ぺーやん!てめぇ!何愛美愛主とつるんでんだよ」
「うっせぇ三ツ谷。てめぇも殺すぞ」
出血のせいで体がふらついている龍宮寺に代わって、今度は三ツ谷が前線に立つようだ。
だが愛美愛主のメンバーは、まだ何十人も残っている。
その上清水の姿も見当たらず、どこから襲ってくるかも分からない。
戦況は、かなり悪かった。
だが龍宮寺たちの耳に聞こえて来たのは、聞き慣れた排気音。
万次郎のバブだ。
龍宮寺と三ツ谷は、その音を聞いてにやりと口元を歪ませた。
その音は、だんだんとこちらの方へ近付いて来る。
そして龍宮寺たちの目の前に現れた万次郎は、雨水を飛び散らせながら機体を横に滑らせ、急停止した。
濡れた髪の奥から覗く万次郎の鋭い眼光は、真っ直ぐに前を睨み付けていた。
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