【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
2005年8月3日。
待ちに待った、トリプルデートの日がやって来た。
志織とエマは浴衣を着付けて貰うため、昼食を食べた後に日向の家を訪れていた。
勿論、この日の為に購入したイヤリングも、しっかり持参して来ている。
万次郎も気に入ってくれるといいな、とそのイヤリングを眺める志織の表情は、正に恋をしている女の子という言葉がしっくり来るような、とても可愛らしいものだった。
志織だけでなく、日向やエマもお祭りを楽しみにしているのが、表情に滲み出ている。
三人で他愛のない話をしながら浴衣の着付けをしてくれる日向の母を待っていると、バッグに入れていた志織の携帯が着信を知らせた。
バッグの中から携帯を取り出し、開く。
「あれ、万次郎…?」
開いた携帯のディスプレイに表示されていたのは、万次郎の名前だった。
どうしたのだろうと思いながらも、志織は携帯を手に部屋から移動し、通話ボタンを押して電話に出た。
「もしもし、万次郎?」
「あ、志織?急にごめん」
「どうしたの?」
「今日さ、お祭り行けなくなった」
「え、なんで……?」
「……詳しくは帰ってから話す。ごめん」
「……」
理由を聞いても、万次郎は答えてくれなかった。
そのせいか志織の腹の中に沸いた怒りが、じわじわとせり上がってくるのを感じた。
そんな感情を抑えながら口を開いた志織の声は小さく、弱々しく、そして微かに震えていた。
「なんで……?楽しみにしてたのに」
志織の悲しそうな声に、万次郎は何度も謝罪の言葉を口にした。
「ごめん。今日帰ったら絶対ちゃんと説明する。埋め合わせもするから。本当にごめん、志織…」
スピーカーから聞こえる万次郎のその声に、焦りが滲んでいるのが志織には分かった。
それを感じ取った瞬間、頭の中を埋め尽くしていたモヤモヤが少しずつ晴れて、志織は冷静さを取り戻して行った。
万次郎と過ごした長い年月の中で、万次郎が志織に対して不誠実だった事は一度もない。
いつだって志織の事を一番に考え、大切にしてくれていた。
今回だって、理由もなしに約束を断っているわけではない。
志織はふぅ、と息を吐き出し、再び口を開いた。
「ごめん、万次郎。私、大人気なかったね。お祭り行けないのは分かったよ」
「ごめん。帰ったらちゃんと話すから」
「分かった。家で待ってるね」
「……うん。なるべく早く帰るから」
志織はそう言う万次郎に分かったと返事をした後、二言三言言葉を交わし通話を切った。
電話を終えて部屋へ戻ると、エマと日向が心配そうな顔で待っていた。
「志織ちゃん、大丈夫?」
「何かあったんですか?」
「……あ、大丈夫大丈夫!万次郎なんか用事が入っちゃったらしくて、お祭り行けなくなっちゃったみたい」
「えー!用事って何?」
「私もよく分からないんだけど、でも終わったらすぐ帰るって言ってたよ」
二人に心配をかけまいと、志織は明るい声でそう言った。
「という訳で私と万次郎はお祭り難しそうなので、申し訳ないけど、四人で楽しんで来て!」
「なんで!?志織ちゃんだけでも来ればいいじゃん!」
「いや、万次郎抜きで私行ってもお邪魔虫じゃん!気まずいよ!だから今日はダブルデート楽しんで来て!」
手をブンブンと振りながら志織がそう言うと、二人は何とか納得したようだった。
エマは少し、不満そうだったけれど。
「志織さん!また今度六人で出掛けましょうね…!」
「うん!行こう!」
そんな会話をしながら荷物をまとめ、志織は一足先に日向の家を後にした。
一人になった志織は、心の中にポツリと湧いた不安な気持ちを払うように、早足で歩を進めた。
.