【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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花垣家の玄関先で、遭遇してしまった万次郎と龍宮寺。
それは正に、一触即発と言った雰囲気だった。
お互い眉間に皺を寄せながら、相手を睨み付けている。
溝中の四人も武道の部屋の窓から、その様子を見つめていた。
「俺たちはタケミっちのお見舞いだよ」
「俺もそうだよ」
「ちょっと二人とも落ち着いて……」
「は?タケミっちは俺のダチだし、お前関係ねえじゃん。なあタケミっち」
「へ?えっと…」
「あ?何言ってんの?俺のダチだよなぁ!?タケミっち」
「あぅ…えっと」
「どけよデクノボー、通れねえよ」
「あ?お前がどけよチビ」
口喧嘩がヒートアップしていき、もう止められないと判断した志織は離れた場所へ移動し、身の安全を確保した。
それを見た武道は、その後を追う。
「志織さん、止めて下さいよあの二人!」
「いやごめん無理。ああなった二人は絶対手つけられないから」
「そんな事言わないで下さいよ!」
「無理なもんは無理!ごめんタケミっち!」
「えぇ~…」
頼みの綱である志織が、あっさりと匙を投げてしまう。
だが武道も、ここで引き下がる訳にはいかない。
全ては未来を変える為だ。
武道は、尚も口喧嘩を続けている二人の元へ渋々向かった。
「ちょ…ちょっと!ちょっと待って下さいよ二人とも!」
万次郎と龍宮寺は二人揃ってあ!?と声を上げながら、武道に鋭い視線を送っている。
武道の部屋から覗いていた四人も、武道のその行動に死にたいのかとハラハラが止まらない。
けれど武道は果敢に二人の間に割り込み、喧嘩の仲裁に入っていった。
「何があったか知らないッスけど、喧嘩はダメっすよ!二人とも落ち着いて下さいよ!?」
すると龍宮寺が武道の胸ぐらを掴み、顔を近付け「お前何様!?」と凄む。
そのあまりの迫力に、武道は内心、志織の言う通りこの二人の喧嘩を止めるなんて無理なのだと諦めかけた。
だがそれを見た万次郎がおもむろに龍宮寺から離れ、もしかしたら分かってくれたのかもしれないと、武道は期待した。
けれど武道のその期待は、一瞬で崩れ去る事となる。
「志織、危ねえからそこから動くなよ」
「え」
万次郎はそう言うと、玄関先に置いてあった自転車──武道の愛車である疾風号を片手で持ち上げ、それを龍宮寺に向かって投げた。
龍宮寺が体を反らしてそれを避けた事で、疾風号は塀にぶつかり、ガッシャーンと大きな音を立ててバラバラになった。
「あ"ああ"あああ"!!」
武道の断末魔のような叫び声が、住宅街に響き渡る。
「俺の思い出があああ!!」
武道は悲しみに暮れたが、それだけでは終わらなかった。
今度は龍宮寺が、置いてあったバットを掴む。
それは武道が、小学4年生の時に初めてホームランを打った、思い出のゴールデンバットだった。
龍宮寺はそれを膝で真っ二つに折り、万次郎を煽る。
二人はその場にある物を手当たり次第掴み、次々と相手に投げ付ける。
それは武道の思い出の品ばかりで、あっという間にその残骸が辺りに散らばっていた。
その有り様に武道はがくりとその場に膝を付き、項垂れている。
「ここで決着つけるかぁ?」
「上等だぁ」
「待てよ。てめーら、いい加減にしろや…」
堪忍袋の緒が切れた武道が、物凄い形相で二人に近付いていく。
「俺の大切な思い出をメチャクチャにしやがって!」
武道のその言葉に二人が辺りを見回すと、バラバラに壊れた色んな物の残骸が散らばっていた。
「あ」
「…いつの間に?」
武道は拳を振り上げ、万次郎に殴りかかった。
けれどそれはあっさりと躱され、武道はその勢いのまま、目の前にあったゴミ置き場に突っ込んだ。
万次郎が大丈夫か?と駆け寄ろうとするが、武道の怒りは収まらない。
ゴミの山から立ち上がって、武道は叫んだ。
「うっせぇー!!俺の思い出なんてどうでもいいんだろ!?」
「まぁ…まぁ落ち着け」
「落ち着け!?ふざけんな!暴れてたのはてめぇらだろ!」
武道の部屋から見物していた四人も慌てて武道に駆け寄り、千堂が後ろから武道を抑え込む。
「ダメだよタケミチ!死ぬ気かお前!」
「うっせぇー!放せ!周りの事なんてどうでもいいんだろ!?」
「悪ぃーって!別にお前の事傷付けるつもりはなかったんだ」
「どうでもいいから、喧嘩なんかしてんだろ?」
武道のその言葉に、万次郎も龍宮寺も思わず口をつぐんだ。
千堂が武道を抑えていた手を離すと、武道はその場に座り込んだ。
「アンタら二人が揉めたら周りにどんだけ迷惑かけるか、分かってねぇだろ!?二人を慕ってついてきた皆だって揉めちゃうんだよ!?二人だけの問題じゃねぇじゃん!!東卍、皆バラバラになっちゃうんだよ!?そんなの悲しいじゃん!」
武道は溢れ出る涙を拭いながら、更に続けた。
「俺やだよ、そんなの見たくねぇよ!自分勝手すぎるよ!二人はもっとかっこよくいてよ」
「……タケミっち」
「いいよ、もう帰ってくれよ!」
武道は視線を上げる事なく、項垂れたまま涙を拭っている。
そんな武道に万次郎は静かに近付き、神妙な面持ちで口を開いた。
「あのさ…さっきからずーっと、頭にウンコついてるよ」
「へ?……えー!?なんじゃこりゃ!」
万次郎にそう言われて慌てて立ち上がると、頭に乗っていたソレが落ちる。
先程までの真剣な雰囲気は一瞬でなくなり、笑い声が響き渡る。
「汚ねータケミっち!さっきゴミに突っ込んだ時だ!」
「なんでもっと早く言ってくんないんスか!?」
「だってすげー真剣なんだもん!」
「真剣って!そりゃ二人が」
「逃げろケンチン!志織!ウンコが来んぞ!」
「くっせ!」
「わー!」
万次郎と志織、そして龍宮寺は、楽しそうに笑いながら武道から逃げていった。
まるで、喧嘩をする前のように。
その後溝中の四人にも逃げられる羽目になり、武道は散々な目に遭ったが、そこにはたくさんの軽快な笑い声が響いていた。
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武道がシャワーを浴びて、ゴミの山に突っ込んだ時の汚れや匂いを落とした後、武道の家に来ていた面々は近所の公園にいた。
「笑ったなぁ」
「久しぶりに超笑った!」
「私笑いすぎて、途中息出来なかったもん」
「いやもう髪洗いましたから」
楽しそうに話す三人に、武道は怒り気味にそう返す。
「俺が悪かったよマイキー」
「ううん、俺の方こそごめん」
武道は不本意だろうが、先程の事が殺伐としていた空気感を和らげてくれ、万次郎と龍宮寺は無事に仲直りする事が出来た。
志織も二人の顔を見ながら、安心したように笑っている。
「でも二人はなんで喧嘩なんか?」
「「……忘れた」」
二人は声を合わせてそう言った。
けれど万次郎は、立ち上がって空を見上げながらもう一度口を開いた。
「でも正しいのはケンチンだ。パーは自首したんだもんな」
万次郎も、心のどこかでは分かっていたのだ。
林田を無罪にする事は、正しい事ではないと。
けれど、友人として林田を助けたかった。
その思いが、林田の覚悟を大事にした龍宮寺と衝突してしまった。
どちらも、曲げられないものがある。
だからこそ、喧嘩になってしまったのだ。
「パーが出てきたら、いっぱいお祝いしような!」
そう言って笑う万次郎を見て、武道は思った。
やっぱり東卍はかっこいい!と。
「タケミっち」
「志織さん?」
志織は武道に近付き、真っ直ぐ目を見ながら言った。
「二人を仲直りさせてくれてありがとう。ケンチンと喧嘩してから、万次郎ずっと怖い顔してたから、仲直りしてくれて安心した」
「いえ、俺はただ…」
直人に課せられたミッションをこなす事に、精一杯だっただけ。
最悪な未来に進むのを、阻止する為に。
「……」
そこで武道は、ふと思った。
二人を仲直りさせたという事は、抗争は起きない。
龍宮寺も死なない。
見事、ミッションに成功したのだ。
それを実感した途端、武道は大きな達成感に包まれた。
その達成感のまま、武道は後ろに倒れ込み、空に向かって拳を突き上げた。
「タケミっち?どうかした?」
「あ、いや…なんでもないっす」
不思議そうに尋ねる志織に、武道はそう言って誤魔化した。
タイムリープの事は、誰にも言えないから。
けれど空に向かって突き上げた拳はまるで、未来にいる直人にミッションの成功を伝えるかのようだった。
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