【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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武道が目を覚ますと、見慣れない天井が目に入った。
両腕を左右に広げ、体を伸ばしながら起き上がってみると、何やら右手に柔らかい感触を感じた。
「ん?プニ?」
その感触を感じた方へ視線を向けてみると、武道が触れていたのはあろうことかエマの胸で。
エマは困ったような怒ったような表情を浮かべながら言った。
「エッチ」
武道は慌てて手を離して後退り、弁解の言葉を辿々しく並べ立てる。
「……ん!?病院?」
そこで武道はやっと、ここが病院である事に気付き、そして自分が逃げている最中に倒れた事を思い出す。
「あ!マイキーくんたちは!?みんな無事!?」
「ドラケンから電話あって、駆けつけたら君がいた」
「ドラケンくんは!?」
武道がそう聞くと、エマの瞳に涙が滲んだ。
涙はポロポロと、エマの頬を溢れ落ちていく。
「マイキーと喧嘩始めちゃって…」
「な……なんでそんな事に?」
「分かんない。どんどん大きい話になってて…。マイキー派ドラケン派とか言って、東卍が二つに割れちゃって。パーちんが捕まったのがどうのってみんなで争い出して」
その話を聞いて、武道は絶句した。
未来で直人から聞いた通り、東卍の内部抗争が起こってしまったのだ。
そして今まさに、あの未来へと向かおうとしている。
あの、最悪の未来に。
「うう……っ」
エマは嗚咽を繰り返しながら、武道の膝へ頭をもたげ泣き始めてしまった。
武道は戸惑いながらも、出来るだけ優しい声色でエマに言葉をかける。
「エマちゃん…泣かないで……」
「ドラケン平気だよね?もう何が何だか分からなくって」
そこでベッドを仕切るカーテンが勢い良く開き、慌てた様子の日向が武道たちの元へやって来た。
だが今の武道は自分の膝の上に頭を突っ伏して泣くエマを慰める為、エマの頭に手を置いた姿勢だ。
その一部分だけを目撃した日向にあらぬ誤解され、武道は再び弁解の言葉を並べ立てる羽目になった。
▼
それから数日が経ち、今日は8月1日。
未来で直人から龍宮寺が死ぬと聞いた8月3日は、明後日にまで迫っていた。
最悪な未来を阻止する為に一刻も早く動き出さなくてはならないのに、怪我を負ったばかりに絶対安静を言い渡されてしまっている。
暇を持て余しすぎて、2005ピースの巨大パズルですら完成させてしまう始末だった。
そんな中武道の部屋に訪れたのは、武道と同じ溝中に通ういつもの四人だ。
「せっかく見舞いに来たのに、もう平気なの?」
「ああ、なんとかね」
部屋の中を物色されたり、パズルに触れないように注意したりと、始めはとりとめのないやり取りをしていたが、山岸の一言でその場の空気が一変した。
「愛美愛主、壊滅だってね」
「東卍のキヨマサくんの隊のトップがパクられたんでしょ!?」
「ん……。…あ。マイキーくんとドラケンくんは喧嘩してるの!?」
武道がそう問いかけると、四人は一瞬押し黙ってしまう。
武道のその問いに答えたのは、千堂だった。
「ああ…。やべえらしい。今にも東卍が二つに割れそうなんだ」
「やっぱり……」
重たい空気がたちまち部屋中に漂い、静まり返った。
今、本当にあの最悪な未来へ向かってしまっているのだとしたら、家でのんびりしている場合じゃない。
今すぐ止めなくては。
重たくなった空気がまるで重石のように、武道の心にのし掛かる。
けれど、そんな重たい沈黙を破ったのも千堂だった。
「ぷっ」
そして、武道以外の四人は一斉に笑い出す。
「ん?なんだよ?」
武道は混乱し、思わず言葉を溢した。
「ごめん冗談だよ。タケミチが深刻すぎてさ」
「二人は喧嘩してるけど、いつもの事らしいよ?」
「大体マイキーくんとドラケンくんがモメる訳なくない?」
「──誰と誰が、モメるわけねえって?」
突然部屋の入り口から聞こえてきたその声に、部屋にいた全員が視線を向ける。
そこに立っていたのは、龍宮寺だった。
龍宮寺も武道のお見舞いに来たようで、見る限りいつもと違う様子は見受けられない。
四人の言う通り、今回の喧嘩も"いつもの事"なのだろうか。
龍宮寺の持ってきたスイカを食べながら、武道は思考を巡らせた。
そしてスイカを食べ終わると、龍宮寺は決心をしたように口を開いた。
「パーは結局、一年以上は出てこれねえ」
「愛美愛主の長内は…?」
「生きてる。長内死んでたら成人まで出てこれねえよ」
そして武道はゴクッと唾を飲み込み、再び龍宮寺に問いかけた。
「マイキーくんは……?」
だがその名を聞いた途端、龍宮寺は苛立った様子で、テーブルの上に置かれていた2005ピースのパズルに、その拳を叩きつけた。
綺麗にはめられていたピースは飛び散り、見るも無惨な姿になっている。
「ああああ!」
武道の三日間の努力は、あっという間に砕け散ってしまった。
「あ…ごめん」
「俺の三日間の全てがああ!!」
「だから謝ってんじゃねーかよ」
「ハイ!へーきっす!たかが三日間寝る間も惜しんで完成させただけなんで」
凄む龍宮寺の迫力に押し負け、武道は涙を飲みながらそう言った。
けれど龍宮寺は武道のその言葉には答えず、代わりにとんでもない事を言い放った。
「とにかく俺はもう、マイキーとは縁切るわ」
龍宮寺はそう言いながら立ち上がると、部屋の出口へ向かって歩き出す。
余りに予想外な言葉に、武道の口からはえ?と気の抜けた声が漏れ出る。
「東卍も終わりだ」
「な……何言ってんスか?冗談っすよね?」
「邪魔したな」
思わず息を呑む程瞳を鋭く光らせた龍宮寺は、もう武道の問いに答える事はなかった。
部屋を出ていく龍宮寺の背中を、武道は慌てて追いかける。
エマが言っていた事は、本当だった。
本当に龍宮寺と万次郎が対立し、それによって東卍が二つに割れ、内部抗争が起ころうとしている。
「東卍も終わりってどういう事っすか!?状況教えて下さいよ!ねえ!」
龍宮寺は尚も武道の問いかけには答えず、玄関の扉を開けて外へ出た。
だが、なぜかそこで龍宮寺は足を止めた。
「あん?テメーなんでここいんだよ?」
「あ?テメーこそなんでここにいんだ?」
最悪な事に、志織と一緒に武道の見舞いに来た万次郎と龍宮寺が、玄関先で鉢合わせをしてしまったのだ。
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