【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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突然目の前に長内が現れると、万次郎は咄嗟に志織を守るように、その腕を引いて自身の後ろへ来るように促した。
志織はそれに従いながらも、心配そうな表情を浮かべて目の前の光景を見つめる。
林田は憎悪に顔を歪めながら、拳を振り上げ長内に殴りかかった。
だが長内は林田の拳を軽々と避け、代わりに林田の顔面に拳を叩きつけた。
その衝撃で林田は吹き飛ばされ、地面に倒れ込む。
「所詮中坊レベルぅー」
「パーちん!」
あの林田が一撃でやられてしまった事に、林も武道も驚きを隠せない。
長内は、圧倒的な強さを持っていた。
「なんか愛美愛主に喧嘩売るって聞いてなぁ…」
そう言いながら、長内はパチンと指を鳴らす。
すると愛美愛主の特効服を身に纏った男たちが、次々と現れた。
「…こっちから出向いてやったワケ。マイキーちゃーん。戦争だぁ」
正に、多勢に無勢。
あっという間に囲まれてしまった。
武道の頭の中には、未来の直人が言った"愛美愛主との抗争は全てのキッカケである"という言葉が蘇る。
このままでは、東卍と愛美愛主との抗争が始まってしまう。
けれど万次郎はいつもと変わらない調子で、その口を開いた。
「中坊相手にこの人数で奇襲。イメージ通りのクソヤローだね、長内クン」
「あ!?聞こえねえよチビすぎて!」
余裕綽々な様子で、長内は万次郎を煽る。
「つか何だよあの女!もしかしてマイキーの女か?」
「アイツに指一本でも触れたら、殺すよ」
万次郎の瞳が、鋭く長内を睨み付ける。
けれど長内はそれを意に介さず、尚も挑発を続けた。
「おー、怖!女の前だからってそんなカッコつけんなよ。お前等全員ボコボコにしたら、女はゆっくり可愛がってやるから。さて、誰からボコボコにするか」
長内はそう言うと、ニヤニヤと笑いながら万次郎から視線を外し、周りを見渡した。
だが武道と目が合うと、長内はたちまち不機嫌そうに顔を歪め、口を開く。
「おい。てめえ何さっきからジロジロ見てんだよ?」
「え?……いや」
武道が狼狽えた隙を付き、長内は武道との間合いを一瞬で詰める。
そして、長内の拳が武道の顔面に叩きつけられた。
「お前今見下したな?そういう目が一番嫌いなんだよ!」
まるでサンドバッグのように、武道は長内に何度も何度も殴られた。
その拳を止めたのは、先程長内に殴り倒されたはずの林田だった。
「てめえの相手は俺だよ、コノヤロー」
それを見た武道は、ふらつきながらも尚、林田に愛美愛主と揉めてはいけないと伝え続ける。
そんな武道の体を林田は押しやり、引っ込んでろと一言だけ言った。
近くにいた林もまた、武道を諭すように声をかける。
「パーちんなめんなよ、花垣」
「……ぺーやん」
「パーちんは東卍の中でもバリバリの武闘派。一人で突っ込んでチーム一個潰しちまうような奴だ。長内なんかに絶対ェ負けねえ」
「……そういう事じゃ、ないんすよ」
このままでは、またあの未来に向かってしまうのだ。
千堂も日向も、龍宮寺も、皆が死んでしまう未来に。
それでは自分がタイムリープして、過去にやってきた意味がない。
だからこの抗争は、絶対に止めないといけない。
そう思うのに、長内に殴られて痛む体は思うように動いてくれない。
武道は思わず、その顔を歪めた。
けれど武道の目的を知らない万次郎は、ただ冷静に、黙って見てろと告げるだけだった。
これはパーの喧嘩だから、と。
そして再び、林田と長内の殴り合いが始まった。
林田の拳は一度も長内に当たらないのに、長内の拳は何度も何度も林田の顔面を抉る。
林田の鼻からは血が吹き出し、意識も朦朧としていて、立っているだけでもやっとの状態だった。
そして立っている事すらままならなくなった林田が倒れかかったところを、万次郎が抱き止めて支えた。
今にも消え入りそうな声で謝罪の言葉を口にする林田に、万次郎は負けてねえよと声をかける。
それを聞いていた愛美愛主のメンバーが、下品な笑い声を上げながら、煽り文句を投げつける。
そんな中、万次郎は林田を地面にそっと下ろし、長内の元へ足を進めた。
「お?ヤんのかマイキー。10秒で殺してや……」
その瞬間、振り上げた万次郎の足が長内のこめかみを抉り、そのまま地面へと叩き付けた。
それは瞬きをしたら見逃してしまいそうな程、一瞬の出来事だった。
長内はそのまま動かなくなり、今度は万次郎のあまりの強さに、武道と愛美愛主のメンバーは驚きを隠せずにいる。
「パーちんが負けたと思ってる奴、全員出てこい。俺が殺す」
そう言った万次郎の瞳は、真っ直ぐに敵を見据えていた。
「東卍は俺のモンだ。俺が後ろにいる限り、誰も負けねぇんだよ」
万次郎の纏う雰囲気に気圧され、誰一人口を開く者はいなかった。
「ごめんケンチン。やっちゃった」
「……しょうがねえなぁ、マイキーは」
そんな張り詰めた空気を破ったのは、万次郎本人だった。
申し訳なさそうに、けれどけろっと笑う万次郎に、龍宮寺も笑ってそう返した。
だがそのすぐ後、バリン!という音が鳴り響き、割れた瓶を手にした長内が万次郎に襲い掛かろうとしているのが、志織と龍宮寺の目に映った。
「万次郎!」
志織が咄嗟に万次郎の元へ駆け寄ろうと立ち上がると、それよりも先に龍宮寺が万次郎を庇うように前に飛び出した。
そして、瓶を持つ長内の腕を掴み上げ、その腹部に膝を叩き入れる。
その打撃で、長内の手からは掴んでいた瓶がするりと滑り落ちた。
瓶は地面に叩き付けられ、パリンと軽い音を立てて割れた。
万次郎が無事である事を確認した志織は、力が抜けたようにその場にへなへなと座り込む。
「いいか!?次同じような事してみろ?俺らがとことん追い詰めて殺しに行くかんな!?てめえらの頭はウチのマイキーが伸した!文句ある奴いるか!?いねえなら──今日から愛美愛主は東京卍會の傘下とする!」
愛美愛主のメンバーは、誰一人言葉を発さず、静まり返っている。
愛美愛主との抗争は、東卍の勝ちだ。
万次郎は地面に座り込んだ志織の元へ行き、優しく声を掛ける。
「志織、立てる?」
「うん、ありがとう」
万次郎の手を借りて立ち上がった志織は、その手をぎゅっと握り締め、万次郎を見つめる。
「万次郎が無事で良かった……」
「ごめん、ありがとな。でも俺を庇って前出ようとするなんて危ねえだろ?」
「ごめん…万次郎が危ないと思ったら、身体が勝手に…」
「気持ちは嬉しいけど、それで志織が怪我しちゃったらダメだろ?もう無茶すんなよ?」
「うん、気をつける」
万次郎は笑いながら、空いている手で志織の髪をわしゃわしゃと撫でる。
するとどこからともなく、パトカーのサイレンが聞こえて来た。
「志織、逃げるぞ!」
「あ、うん!」
万次郎と志織に続いて、武道や林も出口へ向かう。
だがその時、ドスッという鈍い音が小さく響いた。
「テメェだけは許せねえんだよ、長内」
長内の体を抱えたままだった龍宮寺は、ゆっくりと視線を落とす。
その視界に映ったのは、林田が手に持っていたナイフで長内を刺している光景だった。
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