【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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志織が目を覚ますと、そのぼやけた視界に最初に映ったのは万次郎の寝顔だった。
普段よりも一段と幼さが印象的な万次郎の寝顔は、とても可愛らしい。
それを眺めるのは、佐野家に泊まった時の志織の楽しみでもある。
万次郎が志織よりも先に目覚める事は、殆どない。
泊まりに来る度に志織が万次郎の寝顔を眺めている事は、きっと万次郎も知らないだろう。
けれど今日は、ゆっくりと可愛らしい寝顔を眺めているわけにもいかない。
愛美愛主の件で林田たちに会いに行く予定が、万次郎にはあるからだ。
枕元に置いた携帯を開いてみれば、そろそろ起きなくてはならない時間が迫っている。
志織は自身をしっかりと抱き締める万次郎の腕から這い出て、肩を優しく揺すりながら寝息を立てる万次郎に声をかける。
「万次郎ー、もう起きないとだよー」
深い眠りに入っている万次郎は、一度声を掛けただけではなかなか起きない。
志織は万次郎の腕を引っ張って上体を起こし、もう一度声をかけた。
「おーい万次郎。起きてー」
その状態で何度か声をかけて、やっと閉じられた万次郎の瞳が少し開いた。
「志織……?」
眠さを孕んで掠れた万次郎の声が、志織の名を呼ぶ。
重たい瞼をごしごしと擦る万次郎が可愛らしくて、志織は思わず笑みを溢した。
「おはよう万次郎。もう起きよ」
「うん……」
「今日予定あるんでしょ?」
「うん……志織」
「なぁに?」
「起きるから、ぎゅ」
掴んでいた腕を逆に引かれ、万次郎の腕の中に閉じ込められる。
甘えるように頬を擦り寄せてくる万次郎の背中に、志織も腕を回して抱き締め返すと、万次郎は嬉しそうに笑みを溢す。
そして志織の唇に数回、自身のそれを押し付けた。
「ねえ志織」
「ん?」
「今日、志織も一緒に行こ」
「私が一緒で大丈夫なの?」
「うん、今日話するだけたから」
「分かった。私も一緒に行くね」
志織がそう答えると、万次郎はまた満足気に笑っていた。
▼
未来から再びタイムリープして来た武道は千堂と別れ、ある場所へ向かっていた。
東卍と愛美愛主の抗争を、止める為だ。
額に汗を滲ませ荒い呼吸を繰り返しながら、武道は目の前の重たい扉を勢いよく開け放つ。
その扉の奥には、腰を下ろしている万次郎と志織の姿が見えた。
そしてそれを囲むように立っている龍宮寺、林田、林の姿も。
「どうした?タケミっち」
そう言った万次郎の声は穏やかだったが、どこかこの場に現れた武道を咎めるような雰囲気を纏っているように武道は思えた。
そしてそれは万次郎だけではなく、他の三人もまた、どこか殺気を含んだ声でそれぞれ武道へ言葉を投げた。
四人の迫力に思わず息を呑む武道だったが、ここで引き下がる訳にはいかない。
武道は真っ直ぐ万次郎を見つめて、口を開いた。
「愛美愛主との抗争、やめませんか?」
「……は?」
「この抗争は、根拠は言えないスけど、誰かが裏で糸引いてるんス」
武道がそう言うと、林田は武道の髪を鷲掴み、そのまま後ろへ投げ飛ばす。
バランスを崩した武道は、その勢いのまま地面へと倒れ込んだ。
「テメーふざけてんじゃねーぞ?なあ?パーちん」
「消えろ。これ以上喋ったら殺す」
腹の底から出たような低い声で、林田は言った。
その圧に、武道は一瞬押し黙ってしまう。
その様子を見た林田は、再び万次郎の方へ向き直り、話を再開させた。
「……で、どう攻めるよ愛美愛主」
「ダメっす」
武道は話を遮るように、もう一度口を開いた。
ここで圧倒されて、引き下がるわけにはいかない。
この抗争は、絶対に止めなくてはならないのだ。
「愛美愛主との抗争は駄目っす…。東卍はハメられてるんです」
武道は、必死に言葉を紡いで訴えた。
林田は武道の目の前まで歩いていくと、座り込んでいる武道の顔を覗き込むようにして目線を合わせた。
「立て」
その言葉通り武道がゆっくり立ち上がると、林田は怒りに任せて、武道を何度も何度も殴り付けた。
けれど武道も譲らず、顔中に傷を作りながらも林田に食い下がっている。
すると口を閉ざしていた万次郎が不意に口を開き、静かに武道に告げた。
「タケミっち。お前の話は分かった」
万次郎のその言葉に、武道は安堵した。
けれど続けて万次郎が言った言葉によって、武道の表情からは一瞬で笑みが消えた。
「愛美愛主とヤる。お前は何も分かってねえ。俺がヤるって決めた以上、東卍は愛美愛主とヤるんだよ」
万次郎の鋭い視線が、武道を射抜く。
武道は両手と両膝を地面に付け、万次郎に向かって頭を下げた。
「俺退けないっスよ!愛美愛主とヤりあったら東卍は終わります!せっかくマイキーくんやドラケンくんと仲良くなったのに!東卍が終わるなんて俺嫌っスよ!」
目に涙を浮かべながら、武道は必死に訴えた。
けれど林田や万次郎にも、譲れない理由がある。
一歩も退こうとしない武道に林田は痺れを切らし、再び殴りかかろうと拳を振り上げた。
だが、それを止めたのは龍宮寺だった。
「…何すんだよドラケン」
「タケミっちが退かねーって言ってんだ。少し愛美愛主調べてみてもいいんじゃねーの?マイキー」
「あ?ケンチン。お前東卍に楯突くの?」
「あ?そういう話じゃねえだろ?」
「そういう話だろ」
龍宮寺の言葉を、あっさりと切り捨てた万次郎。
目元が髪で隠れているせいでその表情を伺い知る事は出来ないが、その場はえも言えぬ緊張感に包まれていた。
心配そうな表情を浮かべる志織の手が、万次郎の服の裾をそっと握る。
「まんじろ……」
「内輪揉めしてるとこ悪ぃんだけどさぁ」
志織のか細い声を遮るように、聞き覚えのないもう一つの声が倉庫内に響いた。
志織がその声のする方へ視線を向けると、特効服に身を包み、煙草をくわえた長身の男が立っていた。
「ウチの名前連呼すんのやめてくんねー。中坊どもがよー」
志織は思わず目を見開いて、その男を凝視する。
その目に映る男は、今正に話題の中心にいた人物──愛美愛主の総長、長内だったのだ。
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