【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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信号が青に変わると、万次郎は愛機を発進させる。
その背中には、志織がぴったりと抱きついていた。
いつの間にか夜も深くなり、既に日付も変わっている時間帯だからか、人も車もほとんどおらず快適だ。
速度が上がるにつれて、二人の頬を風が滑っていく。
万次郎の温もりに触れながら感じる風は、なんだかやけに心地よかった。
先程まで無遠慮な母親の言葉に傷つけられ、泣きじゃくっていたにも関わらず、今の志織の心は雨上がりに虹がかかった空のように晴れていた。
これも不安や悲しみを目の当たりにせずに済むようにと、愛情を沢山注いでくれた万次郎のおかげに他ならない。
この人を好きになって良かったと心から思える相手に出会えた事は、志織にとって最大の幸福だ。
傷付いた心に優しく寄り添ってくれた万次郎が、志織は堪らなく愛しいと思った。
きっと万次郎がいれば、どんなに辛い事も苦しい事も乗り越えていけるだろう。
志織は胸に溢れる愛しさに従って、目の前にある背中に自身の頬を擦り付けた。
「ん?どうした?」
「ありがとう、万次郎」
「俺は何もしてねえよ」
「ううん、いっぱいしてくれてるよ、万次郎は。家にも来ていいって言ってくれたし」
「当たり前じゃん。志織ならじいちゃんもエマも大歓迎」
運転中である万次郎の表情は志織には見えなかったけれど、きっとあの優しい笑顔で微笑んでいるのだろうと志織は思った。
佐野家に着くと、もうエマも祖父も寝静まった後だったようで、家中の明かりが消えていた。
万次郎は靴を脱ぎ散らかしたまま家の中へ入り、明かりを灯していく。
志織は万次郎の靴を揃えると、自身も靴を脱いで家の中に入り、万次郎の後に続いた。
「なんか腹減った」
「そうだね。ご飯食べ損ねたし」
「なんか食う物あるかな」
万次郎はその足で台所へ歩いて行き、食料棚を物色し始めた。
インスタントの袋麺が一つだけ残っていて、万次郎はそれを手に取り志織に差し出した。
「これ食べよ。冷蔵庫の物使っていいから作って」
「うん、いいよ」
志織は冷蔵庫から、キャベツと卵を取り出した。
キャベツは包丁で小さくカットし、麺が入っている小鍋に一緒に入れた。
後から卵も入れて一煮立ちさせれば、あっという間に完成だ。
それを二つの器に移しながら、志織は万次郎に声をかけた。
「万次郎、出来たよー」
「サンキュ」
座っている万次郎の前にラーメンの入った器を置くと、万次郎は美味そう!と目を輝かせる。
手早く鍋を洗い終えた志織も万次郎の向かいの席に腰を下ろし、二人で頂きますと手を合わせてラーメンを食べ始めた。
深夜に二人で食べるラーメンは、なんだかそれだけで妙に美味しく感じられた。
「美味い!」
「うん、美味しいね!」
一人分を二人で分けた為、量もそこまで多くなかったというのもあり、ラーメンはあっという間になくなった。
食器を洗い、順番に入浴を済ませると、万次郎の部屋のベッドに二人並んで寝そべった。
やっぱり自室のベッドよりも万次郎のベッドの方が落ち着くと改めて感じた志織は、小さく笑みを溢す。
「何笑ってんの?」
「ん?なんでもない」
志織は鈴を転がしたような声で笑いながら、万次郎の唇に自身の唇を一瞬押し当てる。
そして照れ臭そうに笑うと、布団の中に潜って顔を隠した。
「志織、隠れてないで出て来て」
「やだー」
「いいから、出て来いって」
「やめてよー!」
二人の笑い声が、部屋の中に小さく響く。
そのうち布団がバサリと捲られて、万次郎と目が合った。
志織の顔は、林檎のように真っ赤に染まっている。
万次郎は言葉にしがたい愛しさを感じて、思わずフッと笑いを溢した。
万次郎の手が熱くなった志織の頬に優しく触れると、唇がそっと触れ合った。
甘く噛むように吸い付いてくる唇の感覚が心地よくて、志織は静かに目を閉じてそれを受け入れた。
「大好き、志織」
「私も、大好き」
この先どんな事があっても、二人でいればきっと大丈夫。
どれだけ激しい雨が降ろうとも、止まない雨はきっとない。
胸を熱くするような衝動に身を任せて、二人は呼吸を乱しながらも、その繋がりを深めた。
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