【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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真っ暗な部屋に、来客を知らせるインターホンの音が、何度も響いた。
その音に落ちていた意識がだんだんと浮上して、志織は自分が泣き疲れて眠っていた事を自覚した。
今何時だろうと枕元に置かれていた携帯を開くと、万次郎からの不在着信とメールが数えきれない程来ていた。
それに驚いていると、再びインターホンが鳴り響き、玄関の向こう側から志織を呼ぶ万次郎の声が聞こえてきた。
志織は頬や目元に残ってしまった涙跡を乱暴に拭って痕跡を消すと、玄関へ走っていってドアを開けた。
「志織!良かった家にいて……」
「万次郎ごめん……。マナーモードにしたまま寝ちゃってて、電話もメールも気付かなかった」
「はぁ、良かった…。何かあったのかと思って心配した…」
万次郎は安堵の表情を浮かべ、思わずその場にしゃがみ込んだ。
そんな万次郎と視線を合わせるように志織もしゃがみ込み、申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。
「何もないなら、それでいいよ」
そう言いながら、万次郎は志織の存在を確かめるように、その頬に優しく触れた。
全身を支配していた緊張感を解放するように息を吐き出す万次郎の様子は、心底志織の身を案じていた事が伝わってくるようで、志織は胸の奥がぎゅっと痛むような感覚を覚える。
まるで壊れ物に触れるような優しい手付きで触れられ、志織の唇からは思わず言葉が零れ落ちた。
「……万次郎、会いたかった」
「ん。俺も」
「来てくれて、ありがとう」
「うん。…ていうかお前、泣いてた?」
「え?」
「目赤い。なんかあった?」
泣いていた事がバレないように痕跡を消したつもりだったが、万次郎には隠し通せなかったようだ。
志織は黙ったまま立ち上がると、とりあえず入ってと万次郎を部屋へ招き入れた。
万次郎はその言葉に素直に頷くと、靴を脱いで部屋へ入る。
向かい合うように志織のベッドに腰をかけると、万次郎は優しく志織の手を握って言った。
「何があった?」
その問いに、志織は今にも溢れ出しそうになる涙を堪えながら、わざと明るい声で母親とのやり取りを万次郎に話した。
「…お母さんね、また彼氏出来たんだって。それで明日からその人がここに来るから、帰って来ないでって言われた。私、邪魔だって。あと万次郎の家に泊まるときも、連絡されても相手してる暇ないから、連絡してこないでって言われちゃった」
泣かないように明るい声で話したつもりだったけれど、志織の目からは堪えきれなかった涙がポロポロと零れた。
万次郎は志織の話を聞きながら、頬を濡らす涙を優しく拭う。
「でも、それよりもね…、万次郎と何年も一緒にいてよく飽きないねって、でも大人になったらそのうち飽きるかって、笑われたのが一番嫌だった。お母さんみたいな、すぐ彼氏取っ替え引っ替えする人に、私たちの事とやかく言われたくない…っ」
貼り付けていた笑顔は、いつの間にか消えていた。
俯いて、嗚咽を繰り返しながら涙を流す志織を、万次郎はそっと抱き締めた。
「志織のお母さんじゃなかったら俺、今頃ボコボコに殴ってる。俺のヨメ泣かせんなって」
「まんじろ…っ」
「志織が邪魔なわけねーし、俺たちの事なんも知らねーくせに口出してくんなって思う。でも志織のお母さんに何言われても、俺は志織に飽きるわけないし、離すつもりもないよ。志織はずっと俺のだもん」
「う"ん……私も万次郎とずっと一緒がいい…」
万次郎を抱き締める志織の腕に、より一層力が篭る。
それを感じた万次郎は、志織の背中を優しく擦った。
「大丈夫。志織の事、絶対に一人にしない」
「万次郎…ありがと…」
「ん」
万次郎は小さく返事をすると、志織の唇を塞いだ。
何度も角度を変えて唇を合わせながら、呼吸さえも奪うような濃厚なキスを、万次郎は志織に施していく。
「俺でいっぱいになって。そしたら嫌な事、考えないで済むから」
「うん……」
志織が頷くと、万次郎は再び志織の唇を塞ぐ。
まるで幼かったあの日の事のように、万次郎から注がれる愛情が志織の冷えた心を少しずつ温め、そして満たしていった。
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