【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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それから数日後、八戒と三ツ谷は大寿に会う為、柴家へと向かっていた。
「タカちゃん」
「あん?」
「やっぱり兄貴と会うのはよくねぇよ。どう話し合ったっていい結果生まないぜ?兄貴はクソだ」
大寿の危険性や異常性を、弟である八戒はよく理解している。
話し合いなど、きっと応じないだろう。
けれど三ツ谷は、八戒のそんな心配を一蹴するように言った。
「うっせぇなぁ。お前は昔からそうやって一人で抱え込む。それよりよー、何でコイツら着いてきてんの?」
呆れたような表情を浮かべながら、三ツ谷は武道と松野を見た。
「え!?だって俺当事者っスよ?」
「付き添いです。こいつアホなんで」
「テメっあのクソな作戦忘れねーかんな!」
「ハハ!結果こうなってよかったじゃん」
緊張感の欠片もないやり取りを始めた二人に、三ツ谷は苦笑いを浮かべながらもまあいいかと呟く。
けれど八戒だけは、終始浮かない顔をしていた。
そうこうしている内に柴家に到着し、三ツ谷は大寿と初めて顔を合わせた。
「初めましてだね、大寿くん」
「テメェがウチの弟たぶらかしてる三ツ谷か」
「随分な言い方っスね」
「殺すぞ、テメェ」
ソファにどっかりと座ってテーブルの上に足を乗せる大寿の後ろには、九井と乾が立っている。
その向かい側のソファに腰掛ける三ツ谷の後ろに、同じように武道と松野、そして八戒が立っていた。
「で?話って何だよ?手短に言えよ」
「八戒は黒龍に渡す。金輪際関わらねぇ」
三ツ谷のその言葉に表情こそ変えなかったが、大寿は驚いている様子だった。
「え!?三ツ谷くんそれ話違くないっスか!?」
「ハハ、面白ぇな。それを止めに来たんじゃねぇのか!?」
「その代わり、柚葉を解放しろ」
「え!?」
先程は表情を変えなかった大寿が、三ツ谷のこの言葉には表情を変えた。
鋭い眼光で射るように、大寿は三ツ谷を見る。
「タカちゃん…何でそれを…」
「大寿くん、柚葉に何かさせてんな?八戒はずっと柚葉を守ってきた。兄貴の暴力からな」
三ツ谷は表情を変えず、淡々と話を進めていく。
だが大寿は怒りを滲ませていた表情を、今度は怪しげな笑みに変え、口を開いた。
「面白ぇ冗談だな!」
「八戒はアンタにビビって東卍を抜けるんじゃねぇよ。柚葉を守る為だ」
その瞬間、大寿の鋭い拳が三ツ谷目掛けて飛んで来た。
ドッという重たい打撃音が、部屋の中に鈍く響く。
「タカちゃん!」
八戒は、思わず声を上げた。
けれど三ツ谷は間一髪のところで、大寿の拳を受け止めていた。
「へー、やるな」
「もう一度言う!八戒は黒龍に譲る。柚葉は解放しろ!この条件を飲むなら、東卍は黒龍に手を出さねぇ」
「断ったら?」
「全面戦争だ」
強い視線を向けながらそう言う三ツ谷に、大寿は再び怪しげな笑みを浮かべる。
「いーねぇ。和平成立だ」
大寿はそう言って、三ツ谷と握手を交わした。
「まぁ俺はDVなんてしてねぇけどよぉ…約束してやる。二度と柚葉には手は出さねぇ」
こうして東卍と黒龍の間に、和平協定が結ばれる事となった。
八戒は東卍を抜け黒龍へ入る事となってしまったが、武道は一つだけ分かった事がある。
きっと八戒は姉である柚葉を守る為に、大樹を殺すのだという事だ。
目の前にある八戒と三ツ谷の背中を見つめながら、武道は小さな声でそう呟いた。
「タカちゃん、ありがとう。俺…」
「…八戒。どんなに苦しくても、力は守る為に使えよ」
真剣な表情でそう言った三ツ谷の言葉に、八戒は思わずその瞳を涙で濡らした。
「タカちゃん…」
「生まれた環境を恨むな。八戒」
▼
三ツ谷と八戒と別れた後、武道は松野に現代へ戻ろうと考えている事を伝えた。
武道が見てきた未来では、八戒は大寿の暴力から柚葉を守る為に大寿を殺していた。
けれど三ツ谷が柚葉を大寿から解放した今、八戒が大寿を殺す理由はなくなった。
だから、未来は変わっているのではないか。
武道は、そう考えていた。
だがそれを聞いた松野は、冷静な様子で武道に問いかける。
「でも、変わってなかったら?」
「……そしたらまたこっちに来て…」
「獄中なのに、どうやってナオトと握手するんだ?」
松野に言われ、武道はハッとした。
松野の言う通り、現代の武道は逮捕され、今は塀の中だ。
直人と接触する事すら難しいその状況では、僅かな可能性に賭けて現代に戻るのはあまりにリスクが高い。
「それに柚葉ちゃんを解放したのは三ツ谷くんだ、お前じゃない。お前が何も変えてない以上、未来が変わってる訳ないだろ?」
「………確かに」
「馬鹿だなータケミっちは。それでも中身26?」
「面目ねえ。未来に戻ったらジ・エンドだったわ」
武道が松野とそんな話をしていたその時、後ろから武道を呼ぶ声が聞こえて来た。
「タケミっち!」
その声に武道が振り向くと、そこには息を切らしながら立っている八戒の姿があった。
どうやら八戒は、武道を探していたようだ。
「やっと見つけた」
何か話があるような素振りを見せるが、八戒はなかなかその口を開かなかった。
武道も松野も、深刻そうな表情を浮かべたままベンチに腰掛ける八戒を見つめたまま、八戒が話し始めるのを待っていた。
「………俺がお礼言ってたって、タカちゃんに伝えてくれるか」
「え?う…うん」
八戒の言葉にそう返事をした武道だったが、どうしてそんな事を言い出すのか、武道はその真意を理解出来ずにいた。
だから武道は、八戒に問いかけた。
「でも、なんで?」
「…ウチの家庭複雑でさ、父子家庭な上に、ガキの頃から親父はほとんど家にいなかった。だから家族を仕切っていたのは、一番上の大寿だった」
武道も松野も、八戒の話に静かに耳を傾けていた。
「アイツは子供の頃から“王”だった。人より体がデカく、単純に力が強かったってのもあるけど、何より人の心を掴む術に長けていた。取り巻きの奴らはみんな大寿に惚れていた」
そこまで話すと八戒は、一瞬口を閉ざした。
そしてまたすぐに、ぼんやりと目の前の何かを見つめながら、八戒は話を続けた。
「大寿は暴力を使うのがうまかった。中途半端な暴力は振るわない。やるならトコトン。それは俺ら姉弟にも同じだった」
幼い頃、何度も何度も暴力を振るい、愛していると囁いた大寿の顔が八戒の脳裏に蘇る。
「俺は、愛を苦しいものだって思ってた。そう育てられたから。それが、当たり前だったから」
あまりにも重たい過去に、武道も松野も何も言えなかった。
ただ、八戒の話を静かに聞く事しか出来なかった。
「タカちゃんは俺の世界をひっくり返した。衝撃だったよ。遊びたい盛りに二人のガキの面倒押し付けられて、見るからに辛い家庭環境なのにニコニコ笑ってんだぜ?タカちゃんが作ってくれた飯食ったら、なんか分かんねえけどめちゃくちゃ泣けてきてさ。味噌汁がしょっぺーしょっぺー」
八戒は、笑い飛ばすようにそう言った。
少しばかり表情が柔らかくなった八戒を見て、武道は安堵した。
三ツ谷の存在が八戒にとってどれ程のものだったのか、八戒のその表情から手に取るように分かる。
「あの人は言ったよ。“暴力は守る為に使え”ってね。あの時俺は誓ったんだ。俺が家族を守るって」
そう誓った時から、八戒は柚葉の分も殴られ続ける日々が始まった。
ずっと姉である柚葉を、八戒は守ってきた。
けれど大寿はその約束を破り、以前と変わらず柚葉の事も殴り続けていた。
約束を破った事を八戒が問い正すと、大寿は怒りを滲ませた表情で躾だと言い放った。
約束なんてもので家族を盾にしていたから、躾をしてやったのだと。
「汚ねえ!」
「メチャクチャな奴だな!」
大寿の傍若無人さに、武道も松野も怒りを露わにしながら口を開く。
「分かるだろ?アイツはタカちゃんと交わした約束なんて、屁とも思ってねぇんだ。柚葉を解放なんて、アイツは絶対にしない!」
「そんな…じゃあ…どうすれば柚葉ちゃんは…」
武道のその言葉に、八戒は自嘲気味な笑みを浮かべながら地面に視線を落とす。
そして握った拳を振るわせながら、八戒は再び口を開いた。
「………恥ずかしい話だけどよ、未だに大寿の前に立つと震えちまってさ、俺何も出来ねえんだ」
「八戒…」
「大寿さえいなければ…だから俺は決めたんだ」
八戒はその目的の為に、東卍をやめたと言った。
これは、東卍の看板に泥を塗らない為の選択だと。
それを聞いた瞬間、武道の心臓がドクンと嫌な音を立てる。
「俺はこれから家族を守る為に、暴力を振るう。俺は、大寿を殺す」
八戒の言葉に、武道は驚きの声を上げる。
困惑する武道に、もう自分に関わるなと八戒は告げた。
その表情はまるで、全てを諦めたようなとても悲しそうな表情で、武道は八戒にかける言葉が一つも見つからなかった。
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