【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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室内に万次郎の寝息が、小さく響く。
くたびれた愛用の毛布を握り締め、布団を頭まで被りながら、万次郎はすやすやと眠っていた。
するとその時ドアが遠慮がちな音を立てて開き、エプロンを着けた志織が部屋へ入ってきた。
志織はそのまま万次郎が眠るベッドへ駆け寄ると、優しい声で万次郎を呼ぶ。
「万次郎、朝ごはんもうすぐ出来るよ」
「ん…」
「万次郎、起きて」
布団を少し捲ると見える万次郎の頬を、志織は優しく撫でた。
「おーい、万次郎〜。朝だよ〜?」
「う〜…」
「今日予定あるんでしょ?早くしないとケンチン来ちゃうよ」
「うぅん…」
小さな唸り声を上げながら、万次郎はもぞもぞと身体を動かし、起き上がった。
「起きる…から、志織、ぎゅ…」
寝癖でモサモサになった頭で眠そうに目を閉じながら、万次郎は志織の首筋に顔を埋め、大きく息を吸い込んだ。
「志織、いい匂い…」
「くすぐったい、万次郎」
「いいじゃん…」
「恥ずかしいからダメ。そろそろご飯炊ける頃だから、私先に行ってるね」
志織は万次郎の腕の中から離れてベッドを降りると、待ってるねと万次郎に声かけて部屋を出て行ってしまった。
万次郎は少々不満そうにしていたが、志織の後を追うようにベッドを降りて母屋へと向かっていった。
万次郎が台所へ顔を出すと、志織が出来上がった目玉焼きを皿に盛り付けているところだった。
万次郎は志織の後ろから近付くと、そっと抱き締めるように腕を回し、志織の肩へ顎を乗せる。
「俺の目玉焼き、黄身潰して焼いてくれた?」
「うん、焼いたよ」
「サンキュ」
万次郎はすぐ目の前にある志織の頬に、ちゅっと唇を押し付ける。
すると、一足先に食事を始めていたエマの呆れた声が、後ろから聞こえてきた。
「はぁ〜…朝っぱらからほんと仲良いよねぇ…」
「なんだよエマ。いつもの事じゃん」
「はいはい」
万次郎は少々不満気に唇を尖らせながら、エマの向かいの席に座る。
けれど志織の作った朝食が目の前に並べられると、万次郎はたちまち嬉しそうな表情を浮かべて食事に手をつけ始めた。
そしてあっという間に朝食を平らげた万次郎は、いつもの特攻服に着替え、迎えに来た龍宮寺と出かけようとしていた。
「いってらっしゃい、万次郎」
「行ってくる。…あ」
万次郎は何かを思い出したように、そう言った。
志織が不思議そうにどうしたの?と尋ねると、万次郎は悪戯な笑みを浮かべながら言った。
「行ってらっしゃいのちゅーして」
「え、今!?」
「そう」
「え、でもケンチンいるし…」
「大丈夫だって」
ほら、行ってらっしゃいのちゅーしてよ。
万次郎は自身の唇を指差しながら、もう一度志織に強請った。
悪戯な笑みを浮かべた万次郎を見て、志織は頬を赤く染める。
こうなってしまった万次郎は、梃子でも動かない。
それをよく知っている志織は龍宮寺が気を使って後ろを向いた事を確認すると、少しずつ万次郎に近づいて行った。
そしてぎゅっと目を閉じ、震える唇を万次郎のそれに押し付けた。
一瞬触れた唇が離れ、志織が目を開けると、満足そうな表情を浮かべながら志織を見つめる万次郎が見えた。
「終わったらすぐ帰ってくるから、俺の事待っててね」
「うん、待ってる」
志織の髪をわしゃわしゃと撫でると、万次郎は愛機に跨り、龍宮寺と共に佐野家を後にした。
▼
この日東京卍會のアジトに集まったのは、各隊の隊長と副隊長だ。
閑散とした室内は、重苦しい雰囲気に包まれている。
「まさか八戒が、黒龍総長の弟だとはな」
「知ってたんだろ、三ツ谷」
その問いかけに三ツ谷は答えず、ただ視線を落としたままだった。
「黒龍とかメンドくせ」
「やるしかねえだろ」
「幹部全員集まったな」
幹部たちが集まった事を確認した龍宮寺がそう言うと、続けて万次郎が口を開く。
「入れ!」
万次郎の声を合図に入ってきたのは、武道と八戒だ。
今日の議題は4日前、武道が黒龍の総長である大寿に襲われた事だ。
「タケミっちが壱番隊隊長と知ってての暴挙。つまりこれは、黒龍の宣戦布告だ」
険しい表情で、龍宮寺はそう言った。
武道は思わず、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
気性の荒い面々は、口々に黒龍への復讐を提案する。
かつて黒龍と戦い、その時に潰したチームをもう一度潰す事なんて、簡単だと。
それを聞いた三ツ谷は、まるで咎めるように言った。
「潰したのは九代目、十代目は別物だ」
三ツ谷の言う通り、総長が代わり十代目として生まれ変わった黒龍は、殺人部隊を売りにするような危険なチームだ。
一度潰したからと油断してかかれば、今度はこちら側が潰されかねないだろう。
「大体よぉー!タケミっちは黒龍のシマがわかんなくてしょうがねぇとして、八戒はなんで黒龍のシマにタケミっち連れてくんだよ」
「オイ八戒。テメェ黒龍の回し者なんじゃねぇのか!?コノヤロウ」
「アタマの弟だしなぁ?」
「それを隠してやがったしなぁ!?」
ナホヤと武藤は、声を荒げながら八戒に詰め寄る。
それを見た武道が焦ったように2人を制止するが、鋭い視線を向けられながら黙ってろと怒鳴られてしまった。
あまりの迫力に、武道はうっと言葉を詰まらせる。
するとそれまで口を閉ざしていた八戒が突然その場に膝をつき、懺悔の言葉を口にした。
「言い訳するつもりはねぇ。煮るなり焼くなり好きにしろ。奴と兄弟である時点で、その覚悟はしている…だから総長!!」
八戒は万次郎にそう呼びかけると、心を落ち着けるように一瞬目を閉じた。
そして、再び目を開けて万次郎を見上げると、覚悟の言葉を口にした。
「東京卍會弐番隊副隊長柴八戒。本日をもって東卍をやめさせて頂きます!」
「……それでいいのか?」
万次郎は落ち着いた様子で、八戒にそう問いかけた。
龍宮寺も他の幹部たちも、口を開かずただじっと次の言葉を待った。
重たい沈黙が、流れていく。
その沈黙を打ち破ったのは、武道だった。
「ちょっと待ったぁあ!異議ありです!」
「…タケミっち…」
武道はこの日の為に、八戒の東卍脱退を阻止する為の計画を松野と共に立てていた。
計画の実行を知らせるかのように武道が松野を見ると、松野は背中を押すように親指を立てて武道を鼓舞した。
まずはプランA。
プランAの肝は、万次郎だ。
総長である万次郎が八戒の脱退を認めなければ、事は全てうまく収まる。
その為に、万次郎の弱点を突く計画だ。
松野が知り得る万次郎の弱点、それは──。
「一旦落ち着いて考えましょう!これでも食べて!」
そう言って武道が取り出したのは、どら焼きだった。
武道はそれを両手の掌に乗せて、万次郎に差し出した。
「どうぞ!」
大好物のどら焼きが目の前にあれば、万次郎はきっと喜んで飛びつくだろう。
武道も松野も、そう信じて疑わなかった。
けれど万次郎は、武道が差し出したどら焼きをポイっと投げ捨ててしまった。
「邪魔」
「へ?」
万次郎は場違いな行動を取った武道に対し、怒りの表情を浮かべていた。
それどころか、それ見ていた龍宮寺も怒りを表情に滲ませながら、武道に罵声を浴びせた。
「ふざけてんのか、テメェ!」
「へ!?」
予想だにしていなかった万次郎の反応に、武道は内心とても狼狽えていた。
けれど松野は、こんな事もあろうかと別の作戦をしっかり用意していたのだ。
その作戦は、松野が武道に授けたメモ帳に記されている。
武道は藁にもすがる思いで、松野から貰い受けたメモ帳を開いた。
プランBは──気合い。
それはもはや、作戦でも何でもない。
ただの精神論だった。
予想だにしていなかった展開に、武道は思わず松野を見た。
だが松野は至極真面目な表情で、再び親指を立てて武道を鼓舞していた。
そうだ、忘れてたけどコイツ馬鹿だった…。
無駄に自信ありげな松野を見て、武道はもう渇いた笑いを溢す事しか出来なかった。
こんな作戦では八戒を止められる訳もなく、それどころかこのまま行けば黒龍との抗争に発展してしまう危険性すらある。
まさに絶体絶命の状況だった。
「どうする?マイキー」
「弐番隊の事だ、三ツ谷が決めろ」
万次郎がそう言うと、それまで黙っていた三ツ谷がスッと立ち上がった。
ブーツの踵をカツカツ鳴らしながら、八戒の元へ歩み寄って行く。
「タカちゃんゴメン。もう決めた事なんだ」
「………そんな顔すんな、八戒。分かってっから」
三ツ谷のその言葉に、八戒は泣きそうな表情を受けべながら、三ツ谷を見上げた。
「タカちゃん!」
八戒は立ち上がると、三ツ谷の背中に深く頭を下げた。
「お世話になりました!!」
その光景を、武道は呆然と見つめていた。
八戒が東卍を脱退してしまえば、またあの最悪の未来に近付いてしまう。
今度もまた何も変えられないのかと、武道は自分を責めた。
「は?何言ってんだ?俺は認めねぇよ」
「え?」
「大寿に会わせろ!」
三ツ谷は背中を見せながら、こちらを振り向いてそう言った。
優しい微笑みを浮かべながらそう言う三ツ谷を、武道も八戒も驚いたような表情で見つめていた。
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