降り注ぐ愛に泣く <3333hitリクエスト>


電話、出ねーな…。どれだけ待っても繋がらない電話を切って十希夫は小さく息を吐いた。近所に住んでいながらうまくいかないものだ。今日は諦めるか。また明日会いに行けばいい。そう思って家路についた。

翌日の空は曇り空でいい加減朝だというのに薄暗い。十希夫がテレビをつけると気象予報士の解説が始まった。曇り後雨。時々雷。聞いた途端出かけるのが億劫になるような予報だが、十希夫はテレビを消して登校する仕度を始めた。
その日の美術室は十希夫が入る前からなんだか騒々しかった。いや騒々しいのはいつものことだが、この日は少しいつもより物々しい雰囲気が漂っている。何か揉め事か?そう勘繰って戸を開けた。その直後、

「トキオ!軍司さんの容体はどうなんだ?!」

美術室に入った途端、何人かが十希夫に詰め寄ってきた。

「軍司さんがどうかしたのか?」

言っている意味が分からず、疑問に疑問を返す。すると何人かがお互いに目を合わせた。

「軍司さん入院してんだろ?」
「?なんでだよ?!」
「お前何も聞いてねーのか?!」



―――十希夫は走り出した。鈴蘭生が運び込まれる病院は決まっている。信号も車も人も無視して走った。最中考えていたのは軍司の容態だけ。そして必死の思いで病院に駆けつけた十希夫は、駆け込もうとした病室の前で一派の先輩でもあった吉岡に止められた。

「十希夫!!」
「軍司さんは?!」

吉岡は尋ねる十希夫に答えようともせず、黙って待合室に向かって手を引いた。十希夫は吉岡に怒りを覚えていた。本来自分に一番に入るべき情報が何故入ってこなかったのか。当然現場に居合わせた吉岡の役目だというのに。同時に十希夫は自分を責めていた。なぜ自分が軍司の隣に居なかったのかと。隣に居たのが自分ならこんなことにはならなかった。
しかしそんなことは後でいい。今はとにかく顔が見たい。無事を確認したい。その一心で相手の手を振り払った。

「話なら軍司さんに会った後で…!」
「お前は行くな」
「何言って…!」

そこでふと傷一つない吉岡の様子が目に入った。

「……つーか、あんたなんで無傷なんだよ。軍司さんがやられるの黙って見てたのかよ?!」

聞いた話に寄れば軍司はこの人と二人で居る時に襲われている。とすれば当然二人とも怪我を負っているのが普通だ。見殺しにしたのか、それとも嵌めたのか。どんな理由にせよ許せない。焦りと苛立ちで増幅した怒りの矛先が吉岡に向かう。

「なんとか言えよ!!」
「軍司が受けたタイマンなんだよ!」
「、」
「始まりがどうだろうと、喧嘩を売られて軍司がそれを受けた。その時点でタイマンが成立したんだ。手ぇ出すわけにゃいかねーだろが!」
「……それが、黙って見てる理由にはならねぇだろ!!こんな風になる前に止められたはずだろ……もういい、どこのどいつかだけ教て下さい」

軍司さんの顔を見たらすぐ報復に向かう。そう決めた上で尋ねた。それが自分の役目だと信じて疑わなかった。

「……」
「言えよ!」
「お前はもう岩城一派のNO.2じゃねぇんだ、言う義務はねぇ」
「あぁ?!なんだと?!」
「軍司がそう言ったんだ」
「…!!」

軍司さんが―――、十希夫は急に全身の力が抜けたようにどさりと長椅子に座り込んだ。一派のNo.2というポジションが無くなった途端カヤの外か…。それだけの繋がりじゃないと信じていただけにショックだった。どんな時も、どんなことがあっても自分は軍司の右腕でいるつもりだった。それは違ったのか?

「軍司さんは…」
「肋骨が折れちゃいるがそれ以外は問題ねぇ。大丈夫だ」
「よかった……」

それでもやはり顔が見たい。自分の目で見て触れて確かめたい。

「お前の気持ちも分かるけどよ、」

そんな十希夫の気持ちを見透かしたように吉岡が口を開く。

「……軍司の奴さっき寝たばっかだから暫く起きねーだろう。目が覚めたらお前が来たことは伝える。だからお前は一旦帰れ。な?」

宥めるように言ったその言葉は逆効果で、そのときの十希夫には自分は必要ないと言われているように感じた。言い返す気力も無くなり、ふらふらと歩きながら病院を後にする。今朝よりも更に暗く黒い空から大きな雨粒が落ちてくる。次第に強くなるそれは音を立てて街を濡らした。十希夫は濡れる体をを気にすることなく歩き続ける。どこに向かっているか分からない。ただただ降り注ぐ雨の中を歩いた。水を撥ねながら横を通る車の音も屋根を探して走る人々の声も十希夫には別世界の出来事のように遠い。ただ胸の痛みだけはやけにはっきりとしている。後輩として報復することも、恋人として心配することも拒否された、何か自分の根幹にあった大切なものを失ったような、自分の存在を無にされたような感覚が酷く心を締め付けている。十希夫が漏らした涙と嗚咽が大きな雨音の中に紛れて消えた。























































―朝。
夜の間に降った雨が大きな水溜りを作り靴を湿らせている。十希夫は校門の前で立ち止まると大きく息を吐いた。昨夜はあまり眠れなかった。目を閉じると吉岡に言われた言葉がこだまして息が詰まりそうだった。寝不足でふらふらしながらも、サボるつもりでいた学校に十希夫が来たのは一派の仲間から「軍司さんが来てる」とメールが入ったからだ。今軍司さんに会ってもどんな顔していいか分からねーよ。そんなことを思いながら、それでも行かないわけにはいかないと足を運んだ。話す隙も無く屋上に上がってしまったという軍司のところへいけるのは一派の中では十希夫の他いない。
屋上の扉の前で深呼吸をして顔を作る。いつもと変わらない自分でいるために。よし、と小さく呟いて扉を押した。
眩しい光が差し込んで視界の開けたその向こうには、鈴蘭の幹部と呼ばれる男達が揃っていた。全員がいつもより幾分険しい顔つきをしている。その中にはもちろん、先日から会いたくて会えなかった人が居た。

「十希夫…、」

呟き程の音量で発された言葉。何故来たと、そう言われているような気がした。

「…っ、すんません。お話中でしたね、」

その視線に耐えられず十希夫は屋上を駆け出した。昨日の今日でもう一度拒否されたら今度こそ終わりだと思った。とにかく屋上から…、軍司から離れたくて必死で階段を駆け下りる。胸が張り裂けそうに苦しかった。

「っはぁ…、」

一階に下りたところで手摺に持たれてしゃがみ込む。校舎の隅にあるこの階段は一人になるのには調度いい。十希夫は溢れそうになる涙を手の甲で押さえた。

「おまえ…走らせるなよ、」
「!!」

気配無く階段の上から降ってきた声に驚いて顔を上げた。

「なんで逃げたんだよ」

壁に肩を着けて息を整えている。左手は腹の辺りを押さえていて痛んでいるようだった。

「…すみません」
「………なんで泣いてんだ」

十希夫の目が赤くなっているのを見て軍司が目を顰めた。

「……、」
「十希夫?」

呼びかけても反応のない十希夫に軍司は歩み寄って抱きしめた。

「っ…、」

こんな風に抱きしめてなんて欲しくない。都合のいい人だと思う。突き放したり優しくしたり、振り回すのはやめて欲しい。自分の気持ちをどう持っていけばいいのか分からなくなってしまう。

「十希夫、どうしたんだ」

もう一度尋ねたその声は強制力を孕んでいて、十希夫は言葉を紡ぎ始める。

「…軍司さんは……、俺のことはもう、必要ないんですか……?!」

震える声を絞り出しやっとのことで吐き出したのは、口に出したら不安で押しつぶされそうで今まで何度も飲み込んだ言葉だ。

「何を言ってる?」
「俺はもう一派のNo.2じゃないから…、」
「…、」
「軍司さんがやられても手出し出来ねぇんすか」
「、」
「心配しても会いに行くのも許されないんですか?!」

軍司の腕の力が緩んで体が離れる。

「吉岡から聞いたのか」
「、」

やっぱり昨日聞いたことは事実、間違いなく軍司さんの言葉だったのだ。喪失感に苛まれながら何かの間違いであって欲しいと一縷の希望も捨てられずにいた。その可能性が今無くなった。
十希夫、と低い声で呼ばれると俯いていた顔を上げさせられた。優しい目をした軍司さんと目が合う。

「お前に勘違いさせちまったみたいだな。確かに俺は吉岡にそう言ったよ。けどな、そういう意味じゃなかったんだ」

軍司さんが俺を安心させるように頭を撫でる。

「お前、一派を立ち上げたばかりで大事な時期だろ。俺なんかに構ってる場合じゃねぇ。今俺の事で動いちまうと結局岩城一派と変わらないって周りに思われちまう。俺はお前の足を引っ張りたくなかったんだよ」
「……、」
「会えなかったのはな、会ったらお前はなりふり構わずやり返すって言うだろう。お前に面と向かってそう言われたら、俺は嬉しくてつい甘えちまいそうで怖かった。だから会えなかったんだ」

俺が目を丸くしていると、やられたなんて格好悪ぃ姿何回も見せたくなかったしなと冗談めかした言葉も加えた。

「必要ないなんてこと有り得ねーよ。入院してる間も会いたくてしょーがなかったよ」

俺は軍司さんの言葉を子供のように素直に聞いていた。昨日までの苦しみが嘘のように、軍司さんの一言一言が心に響いてひどく安心できた。軍司さんが自分のことを考えてくれてのことだったのだと、一連の出来事を思い出すと何故分からなかったのかが不思議だった。

「泣くほど悩む前に言えよ、」
「好きです」
「そうじゃなくて、」
「本当なんです。俺は軍司さんに捨てられたら生きていけないほど好きなんです」

そんな自分の駄目さ加減が今回の件で分かってしまった。触れた所から伝わる軍司さんの温もりが十希夫の心を解かしていく。なんだか酷く甘えたくなって十希夫は軍司の胸にトスンと頭を預けた。軍司さんは黙ったままそっと背中に手を回してくれた。言葉が無くても今は軍司さんの思っていることが分かる。今後軍司さんの思ってることが分からなくなっても、もう決して不安にはならないだろうと思う。それ程の愛を感じていた。






















数日後、軍司はあの時と同じようにパイプ男と向かい合っていた。あの時と同じように二人の喧嘩を見ている吉岡は、ハンデをものともしない圧倒的な力に柄にもなく胸を弾ませていた。まだ完治していないアバラを庇うこともせず敵に致命傷を負わせることを選ぶ。目の前の光景に魅了された。やはり自分がついて来た男に間違いはなかったとそう思った。
このお礼参りに動いたのは元岩城一派の面々。あっという間に調べ上げこの状況をお膳立てした。ただ一つ、この前と違うのは観客が一人増えていること。吉岡とその隣に十希夫が立っている。軍司が心配していたことに対して十希夫が口にしたのは、言いたい奴には言わせておけばいいという単純明快な答え。今例え岩城一派と変わらないと言われようが、そんな奴らには後々分からせてやればいい。そう言った十希夫の目は自信に満ち溢れていた。






















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