降り注ぐ愛に泣く <3333hitリクエスト>


※オリキャラいます。
 ご注意下さい。










軍司さんが美術室に来なくなった。
一派を解散して自動的に美術室の主が岩城一派から原田一派へ移った途端。岩城一派じゃなくなったからと言って前ボスを拒んだりするような奴はうちにはいないのに。もともと俺と同じように軍司さんを慕っている奴が集まっているんだ。
そもそも、美術室がなければ俺と軍司さんに会える場所と言うのはなかなか無い。幹部が座する屋上には気兼ねなく行ける訳じゃないし、だからと言って用事がないのに教室まで行くのもおかしい。好きな人とはずっと一緒にいたい。そう思うのは当たり前のことで、美術室での時間は十希夫にとって貴重なものだったのだ。

十希夫は美術室を見回した。自分と同じ2年の面々は、上がいなくなって少しだけ以前より自由に振舞っている。けれどそれぞれがまだその自由さに違和感を感じているように思う。そしてふと窓際の席に目をやった。軍司が定位置にしていたその席にはまだ誰も座ったことがない。空の席は未だその存在を残していて、主の帰りを待っているかのようだった。もしかすると美術室そのものが待ち侘びているのかもしれない。そう錯覚するほど圧倒的な存在の痕を残している。

軍司さんは今頃どこに、誰といるのだろう。女々しくも十希夫はそんなことを考えながら窓から見える空を覗いた。そして、帰りに家に寄ってみるかと内心呟いた。









「え?まだ帰ってきてない?」
「そうなの、上がって待っとく?」

軍司さんの家を訪ねるとおばさんが出てきてそう言った。米崎さんによれば今日は早いうちに学校を出たはずだが。

「あ、いえ、電話してみます」

すれ違う行動に焦れったく思う。最初からこうすればよかったと、岩城家の門を出てすぐ携帯を取り出した。






















―――十希夫が岩城家を訪れた少し前の時刻、軍司は彼と同じクラスの男子生徒-吉岡と駅に向かって歩いていた。午後の授業の出席日数が足りていた二人は久しぶりに街に出掛けたのだった。近道だからと大通りから外れ裏道を歩く。ぽつぽつとしか街灯のないその道は薄暗く人気はない。二人がしゃべらない限り音も無いようなシンとした空間、そんな中突如金属と骨のぶつかる鈍い音が響いた。

「軍司!!」

隣を歩いていた吉岡が、屈み込む彼の名を呼んだ。そしてその原因を作った相手を睨む。目の前に居るのは2人。一人は原付バイクを運転し、後ろに乗るもう一人は鉄パイプを肩に乗せ笑みを浮かべている。暗闇に浮かぶその笑みは酷く卑しい。軍司は依然として屈んだまま動かない。短く息を吐き痛みに耐えている様子だ。鉄パイプで殴られた肋骨は折れているだろう。近くで聞いていてそんな音だった。

「岩城、だな?」

後ろの男が原付を降りた。

「サシで勝負しろ」

鉄パイプを放り投げ拳を握って見せている。

「ふざけんな!!」

吉岡が抗議の怒鳴り声をあげた。軍司を背に、武器で不意打ちを入れておいて何が勝負だと食って掛かった。その今にも殴りかかりそうな彼を軍司の手が止めた。

「いいぜ、かかって来いよ。こんな舐めた真似されたのは久しぶりだ」
「軍司!!お前腹、大丈夫なのか?」
「このくらい、ハンデにゃ調度いい」

強がりだと傍目にも分かる。額に浮かぶ汗がそれを物語っていた。立っているのも辛いんじゃないのか。その問いかけを吉岡は寸でのところで飲み込んだ。




…………その体でよくやったと吉岡は思った。相手の顎にカウンターの一発を入れた。向かってきた相手の勢いを利用した一発は見事に決まり、膝をつかせた。立ち上がってきた相手に入れたのは懇親のボディーブロー。俺はあれを喰らった時三日は飯が食なかったぞと内心吉岡はごちた。
しかしそれまでだった。短期決着を試みた軍司だったが、自分の予想より早く限界が訪れた。相手のしつこいくらいのボディ狙いについに軍司が倒れた。吉岡はこの結果に対してある程度覚悟はしていたものの、やはり自分の認めた男が負ける姿はどんなときでも見たくないものだと目を伏せた。
ハンデはあってもそれを物ともしない、そんな強さを無意識に期待していたのだ。随分と勝手な話だな、吉岡は自嘲気味に呟いた。

軍司を起こして病院に向かおう、そう思って足を一歩踏み出したところで自分より早く歩み寄る姿があった。そしてその男は倒れて動けなくなった軍司に容赦なく蹴りを入れ始めた。
何発も何発も、狂気の沙汰としか思えない。ルール無用の喧嘩にも限度というものは存在する。それを無視した光景に吉岡は呆然とした。横たわる軍司の意識はすでに無い。恐怖に近い感情に支配され、その場に立ち尽くしていた。
男が軍司の体を上に向けると一際大きな声をあげた。トドメだと言わんばかりのそれは軍司の息の根を止めるもの…―――と男が足を振り上げたその時、軍司のポケットから携帯の着信音が鳴り響いた。狂気で満ちていたその場の空気が止まる。その隙に吉岡は男と軍司の間に体を入れた。

「止めろ!止めてくれ!もういいだろ!」

虚ろな男の目が吉岡を捉えた。

「…なんだ、噂ほどじゃねぇんだな。これじゃ鈴蘭もたかが知れてる」

自分の体をもって軍司を庇った吉岡ごと見下して言った。正気とは思えないその目に歯向かうのを諦めた。もし今相手が向かっても吉岡には軍司を守りきる自信がなかったから。
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