再びここから始める頃に









「何の話だ?」

喫煙所と化している2年の便所は珍しく俺とクロサーの二人だけだった。

「別に、言いたかっただけだ」

言いながら煙を思い切り吐き出した。

「……そういえば、」
「ん?」
「昔聞いたことあるな」
「何を、」

俺に背を向けて窓の外を眺めていたクロサーが振り返る。


『守るモンがある時の軍司は強ぇぜ』


「米崎さんがな、」
「……守るモンって、」
「さっきの話だと、お前じゃね?」
「……は?」

―――俺?

「睨むなよ、たまたま思い出しただけなんだからよ」

俺が守られてる?冗談じゃねぇ。それじゃただの足手まといじゃねーか。


…ピピッ。反論しようとしたそのタイミングで携帯がメール受信を知らせた。

「……」
「軍司さんか?」

黒澤がしっし、と手を振る。クロサーが言う通り、軍司さんからの呼び出しだった。俺は黙って携帯を閉じた。

「いいのかよ、」
「…今は、会いたくねー」

俯いた俺にクロサーは何も言わず、ただ煙草を吹かしていた。遠くの方に体育の授業中なのだろう、笛の音が響いていた。



…時間が経つと共に気分が落ち込んできた。クロサーに言われたことに思い当たる節が無いわけではないのだ。モヤモヤした気分を吐き出すように何度も溜息を吐いた。

そんな俺を見かねてか、クロサーが口を開いた。こいつに心配されるようになったらお終いだな。

「守られたくなきゃ腕磨くしかねー。鈴蘭なら当たり前だろ」
「…テメェに鈴蘭語られたくねぇんだよ」

相変わらず窓の外では笛の音が響いている。











・・・・・・・・・











教室に戻っても気分は変わらず、教師の声をBGMに席に座って窓の外をぼーっと眺めていた。空は雲一つない青空だったけど、俺の気分を晴らしてくれはしない。と、クラスメイトが慌てて俺を呼びに来た。そいつは「来てるぞ」と一言言った。

「軍司さん?!」
「一緒に帰らねぇか?」

軍司さんがわざわざ二年の教室に来るのは珍しい。その誘いを断る理由も作れず、軍司さんと校門を出る。




















「十希夫、何があった?」
「え?」

あと数分で家に着くというところで軍司さんが立ち止まった。

「クロサーからメール入った」

軍司さんが携帯を開いて見せてくれる。

『トキオが落ち込んでてウザいです』

送信者は確かに黒澤だ。
…あの野労、明日シメる。

「十希夫、お前のことは家族同然に思ってる。俺に出来ることなら何でもしてやりてーよ。クロサーがこのメールを俺に送ってきたってことは俺が関係してんだろ?」

軍司さんが真っ直ぐ俺を見る。そんな目で見られたら、俺は誤魔化す事なんて出来ない。

「軍司さん、俺は…、」

―――軍司さんの背中に追いつきたいんです
声が震えた。いつの間にか俺の目には涙が溜まっていて、それを隠そうとして俯いた。

これを聞いて軍司さんはどう思うだろうか。情けない奴だと呆れられるかもしれない。こんなのただの愚痴だ。格好悪ぃ。

けど俺が話している間、軍司さんは何も言わなかった。

「すみません」

こんなことを言われても軍司さんは困るだろう。涙を拭って顔を上げると何か考えている様な軍司さんの顔があった。

「十希夫、」

「俺はお前に後ろを歩かせてるつもりはねぇぞ」

「あの時はお前がやられたからやっただけだ。俺がやられる時だってあんだろ。そん時はお前がやり返してくれんだろ」

「…ハイ」

「じゃあそれでいいじゃねぇか」

ふ、と笑って頭をグシャグシャと撫でられた。

「……、」
 
軍司さんの手は大きくて温かい。ガキの頃上級生に喧嘩で負けたときも、こうして撫でられた。その時はもう一回やって駄目だったら軍司さんがやり返すから、自分でやり返して来いって言われたっけな。

「でも…、負けないで下さいね」

軍司さんが負けるところなんて見たくないです。そう言うと軍司さんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに不敵に笑っておう、と返事をしてくれた。

その姿はとても格好良くて、結局俺はその背中に手を伸ばしても届かないんだろうと思った。

「行こうぜ」

歩き出す軍司さんを追って俺も歩き出す。その背中を見て、万が一この人がやられるような事があったら、その時は俺はどんなことをしてでも敵をとろうと心に決めた。

























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