君中毒


目を覚ますと男の姿は無かった
時計を見ると午前五時を過ぎたところ
断片的に男の顔と息遣いが蘇る

重い体を起こすとテーブルの上に一万円札が二枚置いてあることに気がついた
これも毎度のこと
一度自分も出すと言ったが、
必要無いと突っ撥ねられた

「お前は俺の言うこと聞いてりゃいい」



……軍司はそこで思考を中止した
もう始発も動いてる
一つため息を吐き、バスルームへ向かった

















「本城さん、」
「おー!もう少しで終わるからあっちで待っててくれや」

今日は早く終わるからという先輩の誘いがあり
軍司はポンの働くバイク屋を訪れていた
いつものように店の端の部屋に入り、
ソファーに座って待つ

暇つぶしに興味のないバイク雑誌を手に取った
ペラペラと捲っていると、何やら会話をしているのが聞こえた
その声が近づいてくる
ポンが見えた、その後ろから村田十三の姿が現れた
思わず一瞬動きを止めたが平静を装う

「よぉ、」

ニヤリと口角をあげられながら掛けられた低い声に目線だけで挨拶をした

「なんだ?お前ら知り合いだったのか?」
「知り合いって程でもねーよ、なぁ?」
「そう、っすね」

十三を視界から外す様に目を伏せて煙草を取り出した

「じゃあ村田、すぐ持って来るからよ」
「あぁ、頼む」

何か部品を注文していたのだろう
それを取ってくると言ってポンが部屋を出て行った
その姿が見えなくなったのを確認して十三が軍司に口を付けた

「っ……、ちょ…、こんなとこで」
「じゃあ続きは今夜にするか、」
「今夜は無理です。本城さんと約束あるんで」
「ほぉ、じゃあやっぱりここでするか」

十三が遮る軍司の腕を絡め取り、今度は深く口付けた






―――目を疑った、
ポンはその部品を持って待合室の前に立っていた
何秒か、何分かの間
そこへは踏み込めずにいた
中途半端に開いたドアの隙間から、
見てしまったのは
男同士の

見たくない
見てはいけない
けれど目が反らせず、只々その光景が脳裏に焼きつくのを感じていた



二人の体が離れたところを見計らって
自分の存在をアピールするかのように
物音を立てた
扉を開けると二人とも離れてソファに座り
何事もなかったかのようにポンを見た

「ほらよ、」
「おう、助かったよ」

部品を渡す、
その瞬間も口元を見てしまう












近所の居酒屋に入った
仕事後のビールは最高
いつもならそう思うのに

ポンは目の前の男をじっと見た
もとより聞きたいことは我慢できない性質だ

「あー、軍司お前、村田とどういう関係なんだ?」

酒もそこそこに、ポンは本題に入った

「え?どういうって、」
「隠すなよ、見ちまったんだ。さっきお前と村田がキスしてんのをよ」

明らかに軍司が固まるのが分かった

「あぁ…」

悲しそうな、
苦しそうな顔で笑った

「で?」
「そういう関係、です、」
「そういうってどんなだよ!」

つい語尾が荒くなった
まだビールが入っているジョッキを乱暴に置くと少し溢れた
曖昧な返答にイライラする
なんでそんな顔してんだよお前、

黙り込む軍司に苛立ちが積もる

「なんか言えよ!」

目を見開いた後、悲しげに揺れた
そして

「村田さんに掘られてます」

そう言った軍司の目は
真っ直ぐとポンを捉えていた

「つ…付き合ってんのか?」
「いいえ」

視線が自分に向けられているのを感じた
その言葉を選んだのも敢えてなんだろう
敢えて自分を貶める言い方をしたんだ
わかりやすい奴だ
だけど、なんで、そんな、

ポンの頭の中は混乱していた
返す言葉が浮かばない
軍司は自分の反応を見ている
自分の心臓の音だけが聞こえる

何か言わねーと、
多分だけど
自分は今こいつを傷つけてる
次の一言を間違えたらダメだ

焦るものの
相変わらず頭は真っ白のまま
そんなポンを見かねてか
軍司がふ、と笑った
そして、軽蔑しますかと
力無く
しかしはっきりと聞いてきた軍司に、
しねーよバカ、とだけ言った
それが俺の精一杯だった





















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