軍トキ(短編)
「十希夫、準備できた?」
「んー、」
食卓の上に出ていた茶菓子をつまみながら母親の呼びかけに返事をした。年が明けて約十時間、いつもより少しきちんとした格好をして両親と家を出る。今から岩城家へ年始の挨拶に向かうのだ。親と一緒になんて気恥ずかしい気もするが、もともと母親同士の仲がよく近所でもあるということで家族ぐるみの付き合いをしており、来客の多い岩城家に原田家だけで何度も煩わすのも迷惑だろうということで揃って訪れることにしている。そして揃って岩城家で一日を過ごすのが毎年の恒例となっている。
岩城家の門の前でインターフォンを鳴らすとすぐに玄関戸が開き、軍司さんのお母さんが出迎えてくれた。お互いに新年の挨拶を交わし玄関へ入ると多くの靴が並べられているのに気付く。
「来客中?いい?」
「大丈夫大丈夫、いつものメンバーだしすぐ帰るわ。さ、どうぞ」
居間に通されて並べられたテーブルの端に座る。
「あら、袴?いいわね!」
奥を見ると男の人達が集まっていて、その一番奥におじさんと軍司さんが座っていた。二人揃って紋付羽織袴を身に着けていた。
「うん、さっきまで神主様に来てもらっててね」
岩城家では家業の安泰と発展を祈って毎年初参拝式を行っているのだという。今年は軍司さんが学校を卒業して家に入るということで袴にしたそうだ。
「頼もしい跡継ぎが居ていいわね」
「頼もしいかどうかは分からないわよ」
そんな母親同士の会話を聞きながら奥に目を向ける。社員である職人さんだという人達の年齢層は幅広く、親父さんより年上に見えるような白髪で皺の深い人もいれば、茶髪でピアスをつけた若い男もいた。そんな大人達に周りを囲まれても堂々とし、楽しそうに会話をしている軍司さんはいつもより少しだけ大人びた顔で笑っていて知らない人みたいだ。
社員さん達を送り出して軍司さん達が戻ってきた。
「おめでとう軍司君、似合ってるわね」
「ありがとうございます」
母親の言葉に照れるでもなく軍司さんがお礼を言った。そしてこっちを見る。
「よお、十希夫。おめでとう」
「あ、おめでとうゴザイマス」
なんかカタコトみたいになった。ちらっと軍司さんを見るといつも通りの笑顔を浮かべていて少し安心した。
「悪いな、こんな格好で」
「いえ、」
それどころか。正直言って、似合いすぎて焦る。貫禄があって、なんとなくこう…色っぽいし。真っ直ぐ見れない。
昼ご飯を食べ終えて俺と軍司さんは軍司さんの部屋へ移動する。
「あれ、もう脱いじゃうんすか?」
「あぁ、堅苦しいんだよ。やっぱ慣れない格好なんてするもんじゃねぇな」
「勿体無い。もうちょっとそのままでいてくださいよ」
「なんだ?見惚れたか?」
「はい、」
冗談で言ったつもりの軍司さんは俺の返事に目を丸くした。