brimful of <5555hitリクエスト>

例えば、廊下を歩いていて中庭の向こう側にある美術室を見ちまうこととか、教室の前を通るとき必ず席をチェックしちまうこととか、屋上の階段を上がるときにあいつが居ることを期待しちまうこととか。俺は相当やられてんなぁなんて思うことがある。



今俺の目の前には軍司が居てスヤスヤと寝息を立てている。屋上の扉を開けたとき物音一つせず、誰も居ないと思ったものだからその姿を見たときは多少面食らった。いつもの屋上でいつものソファに座り、珍しくイヤホンなんかつけて音楽を聴いている。けどこの気温でよく眠れるもんだ。まぁガラスのない教室にいても寒さは同じだから、今日みたいな日は直射日光が当たる分いくらかましなのかもしれない。


…平和な顔してんなぁ。
顔を近づけてまじまじと見てやる。俺の気配にも気付かず、眉を下げて眠るその間抜けな顔に思わず笑みが漏れた。同時、意味もなく名前が呼びたくなった。


「……軍司」
「おう」
「!!」


俺の呼びかけは眠っている軍司に掛けたもので、まさか反応が返ってくると思っていなかった。不覚にも肩がびくっと揺れてしまう。何驚いてんだ、と軍司が閉じていた目を薄く開けて微笑んだ。その優しい、慈しむような表情に目が奪われる。


「……、」
「コメ?」
「ん、あぁ、」


とは言っても実際はただの寝起きの顔だ。それなのにそう感じてしまうのは間違いなく惚れた欲目。俺を見上げる軍司に見惚れてたなんて言えるわけがなく、誤魔化すように笑って隣に座った。


「起きてたのか」
「今起きた」
「そうか。悪いな、起こして」
「いや、」
「何聴いてんだ?」


耳を指して俺が尋ねると軍司が片方を外して俺の耳に当ててくれた。聞こえてきたのは意外なメロディだった。


「バラードか、珍しいな」
「クラスの奴が聴けって言うもんだから借りてきた」
「ふーん、」
「泣けるらしい」
「へぇ、」


軍司が普段聴いてんのはロックだとかそんなのばかりだからな。聞き慣れない音楽を聞いていたから眠くなったのかもしれない。そう思って内心で笑う。


「俺は、これ聴いててコメのこと思い出した」
「俺?」
「お前みてぇだろ?」


そう言われて歌詞に耳を傾けると可愛い可愛い恋人の話だった。誰がだ、と肘で小突いてやるが軍司は笑っただけ。曲がサビに入り二人して自然とその甘い歌声に聴き入る。


「……今度歌えよ」
「あ?」
「聞いてみたい」


お前の愛の歌。


「俺には似合わねえだろ」
「いいよ、それでも」


お前の声で聞いたら切なくて泣けるかもしれない。


「……気が向いたらな」


目が合って数秒考えた後、そう言って軍司が再び目を閉じた。


「コラ、まだ寝る気か。風邪ひくぞ」
「大丈夫だ。馬鹿は風邪ひかねぇって言うだろ」
「自分で言うのかよ」


くくっと軍司が笑った。


「凍死するぞ」
「そうなる前に暖めてくれ」


そう言って肩を寄せてきた。軍司の頭が俺の肩に乗り、触れている箇所から軍司の温もりが伝わってくる。こんな甘えるような仕草にきゅんとする俺はやっぱり相当やられてる。髭を撫でてやるとにゃあ、とちっとも似てない鳴き真似をした。こんな馬鹿馬鹿しいやりとりでさえ胸の奥が疼く。



……暖けぇな。

顔のすぐ横で軍司がすやすやと寝息を立て始め、それに誘われるように自分にも眠気が訪れた。欠伸を噛み殺して自分も軍司に体重を掛ける。ふわふわと意識が揺らいでいく。そうして俺は軍司と同じ歌を聴きながら眠りに落ちた。

















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